事件性のある悲鳴

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「――――!」 「ムッ! この声は!」  常人では聞き取ることの出来ない、遥か遠くからの声も、彼は決して聞き逃さない。  瞬時に地上を飛び立つと、マントをはためかせ、高速で夜空を駆けていく。  月明かりが照らし出すのは、コスチュームの上からでも分かる鍛え抜かれた肉体と、正体を隠すためのマスク。  そう、彼はヒーローである。 「助けに来たぞ!」  彼が踏み込んだのは、人里離れた廃病院。  先程まで彼がいた都市部からも、かなりの距離がある地域。  それでも、数分と経たないうちに彼は駆け付けた、のだが――、 「……ム?」 「あ、えーっと……、その……」  そこにいたのは、一人の女性。  見た目は二十歳前後で、服装や髪色、化粧などから受けるのは落ち着いた印象。  幸い怪我などをしているようには見えなかったが、何と言うか、この場所にはおよそ似つかわしくないくらいに、普通の女性だった。 「叫び声を聞いて来たのだが……」 「あ! はい! 私です!」  戸惑い気味の彼に対し、彼女はパッと表情が明るくなり、 「あの、違ったらごめんなさい、……ヒーローさん、ですよね?」 「ま、まあ、一応はそういうことで活動させてもらってはいるが……」 「わぁっ! ということは、私の悲鳴はヒーローさんが駆け付けるレベルってことですね!」 「……ム?」  まったく事情が読めず困惑する彼に気づいて、彼女は慌てて持っていたスマートフォンの画面を見せて、 「実は私、動画配信サイトで活動をしてるんですけど……、あ、これが私のチャンネルです。ヒーローさんはご存じでしたか? こういうの」 「ム? ま、まあな……」  そう言えば知り合いのヒーローが始めたとか、それで正体がバレてどうのこうのって聞いたような……。  などと彼が考えていると、 「なかなか再生数が伸びなくて悩んでたんですけど、あるとき特定の動画だけが伸びていることに気づいたんです」 「……それが廃墟での肝試しだったと?」  怪訝な顔で、見るからに『やめた方が……』と言いたげな彼に、彼女は違うんです、とキッパリと否定すると、 「リアルじゃなくて、ホラーゲームをしたり、ホラー映画を見たりって動画が伸びてて、なんでだろうってコメントとか見てみたら……」 『事件性のある悲鳴たすかる』 『この悲鳴からしか得られない栄養がある』 『これを聞かないと眠れない身体になっちゃった』 「みたいな感想が多くて……」 「そ、そうか……、人の趣味をとやかく言うつもりはないが……、なるほど、そういう世界もあるのだな……」  感心するようにも、引いているようにも見える彼に、彼女は続けて、 「それで、私、思ったんです! それならもっといい悲鳴を出せるようになろうって!」 「……何と言うか、長所を伸ばそうという考え方自体は間違ってないが、それ以前の所で間違っているような気がするんだが……」  彼の言葉も、興奮気味の彼女の耳には入らず、 「それからは、ここで夜な夜な悲鳴の練習をして……、ついにヒーローさんが駆けつけるレベルになったんです!」 「いや、それ以前に誰かしら駆けつけるなり通報するなりしなかったのか? 人里離れた、とは言え、あの声量なら誰かしら気づくだろ……」  呆れたような彼に、彼女は不思議そうな顔で、 「それが、どうやら『この廃病院には女の霊がさまよっている』とかいう噂があるらしくて、本当に誰も近づかないんです。不思議ですね」  その噂の正体が自分の目の前にいるとしか思えない彼だったが、話が進まないので触れずに、 「だとしても危ないだろ、そもそもホラーが苦手なら、こういう場所も怖くないのか?」 「それなんですけど、確かに最初はすごく怖かったんですけど、ゲームとかと違って何も出てこなかったし、それに私が来たばかりの頃は、まださっきの噂が出回ってなくて――」 「今確定した、噂の正体は私の目の前にいる」  我慢できずにツッコんでしまった彼に、彼女は『えっ! ど、どこですか!』と慌てて背後を確かめる。    その様子を少し疲れた様子で眺めていた彼だったが、軽く首を横に振ると、 「まあいい、とにかくここに来るのはやめなさい。本当に何かあってからじゃ遅いし、私だっていつもすぐに駆けつけられる訳じゃないからな」 「えっ……、はい、分かりました」  予想外の聞き分けのよさに、彼が少し拍子抜けしていると、彼女はズイッっと彼に近づいて、 「その代わりに、私の動画に出てくれませんか? 内容は出来るだけヒーローさんの希望を優先しますから! ゲームでも雑談でも!」 「……嫌だと言ったら?」 「えっ、それは……、どうしましょうかね……?」  アハハ……と彼女は困ったように笑い、ハッキリとは言わないものの、断れば悲鳴の練習を続けかねない。  かといって、動画とやらに出たところで、今度はそれに味を占められても困る。 「……なるほど、これ以上は言ってもしょうがないみたいだな。……それなら私も方法を考えるとしよう、ほら、君も早く帰りなさい」  そう素っ気なく言うと、彼は来た時と同様に、夜空へと消えていった。  それから少しして、彼は知り合いのヒーローから動画配信サイトの使い方を教えてもらうと、定期的に彼女の動画を見て、無事を確かめるようになったのだとか……。
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