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遂にヘブンス食品コーポレーションに通勤する日が始まった。憧れの先輩が通う憧れの会社だ。実態はインターンで経験済みだし、怖いものは何も無い。ちゃんと会社に貢献できるか、新卒らしい一抹だけの不安を胸に秘め、秘俺は会社の敷居を跨いだ。
入社式を終えて、早速自分の部署に赴く。まさかインターンでお世話になった部署に念願叶って配属されるとは、かなり運が良い。先輩方とは何度か顔を合わせているし、きっと人間関係も良好にやっていける。なにせ、労働環境が整っている職場なんだ。間違いなく働きやすい。俺は希望に満ち満ちていた。
「今日からこちらでお世話になります。林久鷺翔です。よろしくお願いします」
俺の自己紹介に、社員さん達は程々の歓迎をして迎え入れてくれた。なんだかインターンの時と雰囲気が違うように感じるのは、俺がもう学生扱いされていないからだろうか。
新卒同期のそれぞれに教育係が付いていく中で、僕に付いてくれたのは左古さんだった。
「ごめん! 遅くなっちゃって」
「皆さん忙しそうですね」
「そうなんだよ。一人休職になっちゃってさあ。その分の仕事を分担しなくちゃならなくなった」
左古さんは机上をバタバタと片付けながら言った。不在の人の分まで、僕ら新卒が埋められるようにならなければ。
「申し訳ないけど、ゆっくり教育している暇がなくてね。わからないことあったら、その都度教えるから」
そう言って、左古さんは資料を僕に机上に置いた。
「一先ずこれを片付けたいの。やり方教えるからPC準備して」
「あの、益盧先輩は…‥木村先輩はおりますか?」
「あー……それがね」
嫌な予感がする。良くない報せが告げられる雰囲気だ。
「その休職ってのが益盧なの」
呆然としたまま、僕は部屋を見回す。机上が荒れ気味のデスクばかりの中で、妙に寂然と片付いているデスクが一つあった。そこに座っているのを見たことはないけれど、益盧先輩のデスクかもしれない。
「益盧、かなりの案件を抱えてたからなあ。ストレスも抱えてたのかな」
「病気か何かですか?」
「営業回りの途中に倒れて運ばれちゃったんだって。頭から出血もしてたみたいで、当分の復帰は無理かも」
左古さんの言い方に心配そうな素振りが薄かった。完全に他人事だ。
「益盧先輩は頑張り屋さんですからね」
「だね。仕事も程々にしないと」
「でも、左古さん」
僕は姿勢を整えて左古さんの眼を見た。左古さんも動きが止まる。
「同期の癖に、知らなかったわけじゃないですよね?」
もし知っていたのなら、手を差し伸べてあげてほしかった。けど、俺は左古さんを責められない。2年間大学祭実行委員会で益盧先輩と一緒だったのに、俺は先輩の苦労に気付くことすらできなかったのだから。
「益盧は、大丈夫そうにしてたから……」
このままでは不味い。これでは、また同じことになってしまう。
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