底は黒く、雲は白く

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 大学1年の時、新歓で一緒になった女子が気になって、そのまま学祭実行委員に加入した。特に学祭の仕事がしたかった訳じゃない。大学生活が楽しくなるなら、入るのは部活でもサークルでも何でも良かった。  大学2年になって、その子に告白した。少し躊躇った後に返事をした彼女。「いいよ」のたった一言に身体も心も舞い上がっていた事は、今でも覚えている。  その年の学祭が終わって、今度は彼女が切り出してきた。別れ話だった。振られる理由が身に覚えの無い俺に、彼女は冷めた目で言葉を放った。 「久鷺翔ってさあ、気遣いが足りないんだよ」  この否定文句は心外だった。 「何処が? 二人でどっか行くとか何するとか、ちゃんと俺がリードしてたじゃねえか」 「リードだけしててもダメなんだよ。そこに配慮がないと」 「何が不満だったんだよ?」  俺は、自分のすべき事はそれなりにしてきた筈だった。 「この前の学祭だってそう。こっちは制作が追いついていなかったのに、久鷺翔はやること終わったら友達と喋くってたじゃん」 「俺等が暇してたって言うのかよ。俺等のグループだって予行演習とかで夜まで居残って練習してたんだぞ? 他を手伝う余裕なんか無かったって」  だから、文句を言われる筋合いは無い。 「フラフラ買い出ししてる暇が有ったら、その時間でもっと作業出来たんじゃねえの?」  これが、彼女に掛けた最後の言葉だった。  彼女は軽い溜息を吐くと、鞄を引っ掴んで立ち上がった。 「気遣いの言葉一つあれば、変わってたかもね」  俺等の別れに、「さようなら」は無かった。  3年になって、また学祭の話が上がるようになった。昨年の反省を生かすとなると、厭でも胸に蟠りの残る思い出が蘇ってくる。3年は運営代だから、後輩よりしっかりした存在でなければならない。その代表に選任されてしまったともなれば余計にだ。  学祭実行委員という組織の中に、もう彼女の姿は無い。これに関して俺が周りからとやかく言われる事は無かったが、彼女が離れていってしまった原因が俺の中に在る事は自覚せざるを得ない。どうにかすればどうにかなったのだろうけれど、答えが見えていない今、結局はどうにも出来なかったんだと思う。どうすれば良かったのかも分からず、どうにもできないこの感情を抱えたまま、俺は3度目の学祭を遠くから見据えているのだった。
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