底は黒く、雲は白く

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 この職場に強い興味を持った俺は、17時を過ぎても見学で居残りさせてもらった。チームごとに分かれての活動だったから、この課の本来の雰囲気は見え辛かった。だから、先輩の言う人間関係のポイントも確かめておくことも兼ねて。  この課のメンバーは、益盧先輩と左古さんの新卒女性二人以外は、女性二名、男性三名。課長の男性は40歳くらいで、それを含めて全員若い。  社員全員が優しそうな人だった。それは彼等の性格的にというより、彼等の仕事に対する余裕さの表れだと判った。皆仕事をきっちり終え、軽い駄弁りの後、18時には退勤していた。  社員同士の仲が良く、仕事量が適切で定時に上がれる。間違い無い。ここはホワイト企業だ。 「左古さん、お疲れ様でした」 「林くん、お疲れー」 「俺、実は木村益盧先輩と同じ大学で、仲良くしてもらってたんです」 「あ、そうなんだー。木村さんの紹介でうちに来た感じ?」 「はい。後輩として伺いたいのですが、木村先輩は、こちらではどんな存在ですか?」 「優秀だよ。人一倍仕事できて、もう一人で出張営業任せられるまでになってるもん」  学祭実行委員会で見てきた先輩の働きぶりは、社会でも十分に通用するみたいだ。 「あたしなんかダメだなあ。1課で一番足引っ張ってるもん」 「今日の蜜柑農家さんの説明、解りやすかったですよ。俺等のチームを手厚くサポートしてくれて、安心して企画考案に打ち込めました」 「そう……。そう言ってもらえると嬉しいな」  少し翳った左古さんの笑顔が、輝きを取り戻した様に見えた。 「ヘブンス食品、ホワイトですね」  また三日間のインターンを終え、益盧先輩に感想を言うために電話を掛けた。 「一度ブラックを見た君が言うなら間違いないね。どうする? うちに来ちゃう?」 「そうですねえ。全然ありです」  大学卒業までのキャリアしか見えていなかったところに、更なる道が続いていると分かると、将来への不安は大きく軽減された。 「まるで、童話の天国と地獄みたいだね」 「童話?」 「知らない? 死後に行くのは天国か地獄か気にしていた男の元に天使が現れて、その男に地獄と天国の光景を見せるお話」 「えっと~、男が目にしたのは、地獄も天国も、どちらも食事の風景だったんですよねえ?」 「そうそう。同じことをしていても、心掛け一つで環境は大きく変わるんだからね」  確かにそうだ。ヘルス食品カンパニーとヘブンス食品コーポレーションは、やっていることは似ている。しかし、職場の雰囲気は大きく違った。 「では、久鷺翔くん。ホワイト企業に就職するには、どうしたらいいか分かったかね?」 「はい、思いやりです。自分のことにばかり囚われないで、相手にも目を向けられるよう、広い視野と心を持てるようになろうと思いました」 「よろしい!」 「先輩、童話の天使みたいですね。俺にブラック企業という地獄と、ホワイト企業という天国を見せてくれたんですから」 「大学生終えたら死ぬんか?」 「死にませんよ(笑)」 「私は何もしてないよ。久鷺翔くんが自分で企業探して、自分で気付いたことじゃん」 「でも、この業界を知れたのは先輩のお蔭です」 「そういう意味では、天使なのは案外君の方なのかもね」 「え?」 「んん。なんでもない」  スマホの向こう側から、ホア~と先輩の大きな欠伸が聞こえてきた。 「ごめんけど、私はもう寝ます。明日、営業の資料を作らんといかんので」 「大変ですね」 「学生よ、今を楽しめ」 「クラーク博士風に真逆なこと言ってる(笑)」 「ではさらば。また会おうね」 「はい。おやすみなさい」  どうしてこの時、何も疑問に思わなかったのだろう。  この日は土曜日だった。
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