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卒業後のビジョンが明確になった俺は、就職への意気込みが高まってきていた。大学生生活が終わっていく寂しさもあるけれど、新たな領域に踏み込んでいくのも悪くない。なんて、大学3年生の秋に、早くも社会人になっていく己の進路に希望を抱いていた。
そんな先の事は一旦置いておいて、いよいよ責任重大な一大イベントが近付いている。俺が委員会で代表を務めることになった大学祭だ。
例によって、今年も役員の人数は充分ではない。いや、寧ろ足りてない。このままでは役員達に重労働や残業を押し付けることになってしまう。仕事の効率化と人員の確保に努めなければならない。俺は学祭の準備に奔走した。
役員達はそれぞれの担当がある中で、忙しい時間帯は微妙に異なる。ステージ担当は、当日の流れを完璧に押さえてしまえば準備期間は手が空きやすい。一方、装飾や制作は終始人手が要るけれど、準備と片付け以外の当日は人手を他に回せる。それぞれの担当の忙しさを把握して助け合えるようにすれば、なんとかなるだろう。
めんどくさがって幽霊になりかけてる奴も居るから、消滅される前に声を掛けて、手伝いに引き込んだ。そういう奴でも言えばちゃんとやってくれるから、歯車に油を注していくのも代表の仕事だろう。
人手不足を補えるなら遠慮はしないと決めた。だから、あいつにも声を掛けた。
「『お願いがある』なんて言うから、復縁でも望んでんのかと思った」
「そこまで未練タラタラじゃねえよ」
学祭実行委員会から抜けた彼女を呼び戻すことにした。今では元カノになってしまってはいるが。
「後輩ちゃんたちの力にはなってあげたいし、戻ってきたら歓迎されたから、まあいいけど」
元カノは苦い顔をしながらも、手を貸してあげると、俺の願望に承諾してくれた。流石は元役員なだけあって、作業は手早いし分担もしっかりしている。有力な補助員だ。
「代表さんは忙しいんじゃないの? こんなところに来てていいの?」
当て付けるような聞き方は、俺へのヘイトをまだ残しているということなのだろう。
「気遣いの言葉一つで変わるって教えてくれたのは君だろ? 全体の状況を知っとかないと、当日に間に合わなくなるから」
「ほぉん。成長したじゃん」
「元カノ呼んどいて、同じ失敗はできないからな」
「やり直せるとか思ってないでしょうね」
「ワンチャンあったらいいなとは思ってる」
「あっそ。残念でした」
「やっぱダメか(笑)」
振られたことは苦い過去だけど、それが今に繫がって成長の糧になっているのなら、それも必要な経験だったのだろう。
そして、俺はインターンで働くことの意義と責任に加え、ワークライフバランスの整った労働の大切さも知っていた。だから、役員達に無理はさせたくない。その分、俺に人一倍の負担が巡ってくるけれど、少しならそれも受け入れられた。社会人になる前に、俺は働き手としてのスキルを少しだけ身に付けられたのかもしれない。
「でもさ、戻ってきてくれてほんとに助かったよ。こんなに忙しいと思ってなかったからさあ」
「木村先輩が卒業しちゃったの大きいよね」
「だな。社会人になって忙しそうにしてるよ」
「大丈夫かなぁ」
「益盧先輩ならどんな仕事もバッチリ熟すだろ」
「そうじゃなくて、木村先輩の仕事っぷりは常軌を逸してたから」
「ん? 働き者ってことか?」
「そうではあるんだけどさ……」
「あるけど何?」
「まだ周りが見えてなかった久鷺翔は知らないでしょうね。木村先輩がどんなだったか」
「???」
元カノは、益盧先輩が学祭でどんな貢献の仕方をしていたのか教えてくれた。俺はよく知らなかったんだ。先輩がどんな人なのか。
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