下校の哲学

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梅雨が終わったとはいえ、まだ雨が降る日は多い。 寛ちゃんの家の前の舗装されていない路地には、 所々に水溜りができている。 一年生になったばかりの寛ちゃんが、 腕に傘を引っ掛け、 肩から絵具箱を掛けて、 長靴でぴちぴち水を蹴り上げながら歩いている。   網野さんの家の塀からニョキっと、 大きな桜の木の枝が突き出ている。 ついこの間まで、満開だったが、 今は黒々と枝が骨ばって見えて、 まるでお化けだ。 もう少しすれば、ここで賑やかに蝉の大合唱が始まるだろう。 その桜の枝の下で、 「あっ!」 寛ちゃんは一際大きな声を上げた。 学校と家の丁度中間にある模型屋さんの ショーウェインドウに飾られている、 大きなザクのプラモデルについて、 仲良しの上山君と あぁだこぅだ夢中になっていて、 全く気付かなかったけれど、 「さよなら」して、 大きな桜のアーチの下で 「おかえり」 と言われた途端に、 有るべきものが、 有るべき所に無い事に気付いたのだ。 溜息が自然に漏れる。 ランドセルを学校に忘れたのでは、 宿題ができないし、 何よりお母ちゃんに怒られるに決まっている。 ──武士が戦場に刀を忘れる様なもんや──   お祖母ちゃんの言葉を思い出して、顔が赤くなる。 上山君に言いたいことが 無いわけでもないが、 さっき別れたばかりで 呼び戻すのも気が引ける。 第一、ランドセルを学校に忘れたなどと 恥ずかしくてとても言えない。   少し考えてから、一人学校に戻る事にした。
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