ウソ話

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ウソ話

この青色キャンディにはもうひとつヒミツがあるそうなのです。どうやら月夜にしか現れない特別な大魚はあのキャンディが大好物だとか。くすくす。そうです、トクベツな大魚ですよ。どんな大魚なのかは知りません。ですがトクベツなのです。 ほら、気になりませんか? きっと高価で売れることでしょう。きっとこの世のものと思えないほど美味なのです。何か効能があるのかもしれません。いいえ、私は知りません。ですがトクベツだと聴くのです。 そのトクベツな大魚を手に入れるにはエサで釣るしかありません。そう、大好物の青色キャンディでしか釣れないのです。 月夜に現れるトクベツな大魚。ほら、気になりませんか? 居場所はわかっているのです。其所へ行く道も。ですが、ああ私には勇気がありません。その話が真実か嘘か確かめる勇気がないのです。 くすくす。あなたにお願いがあるのです。 どうかこんな私を哀れんで月の輝く夜に出掛けていってはくれませんか? 本当にあの青色キャンディに現を抜かす大魚がいるのか、知りたいのです。ええ、釣った魚がいればあなたの自由になさったらいいですよ。 ええ?! 本当に行ってくださるのですか! ではまずあの森へ続く扉を潜ってくださいな。 くすくす。 森の中の道をまっすぐ進むと霧に囲まれた建物があります。そこの住人に湖は何処にあるか訊ねてください。魚のことを話せばその時まで休ませてくれるでしょう。 くすくす。 月が出たらキャンディを投げ入れるのです。釣竿もバケツも網だって持っていくのはあなた次第。 私はただ、知りたいだけなのです。青色キャンディのヒミツを。 くすくす。くすくす。そうしてその方は森へと出掛けていきました。 それからどうなったかって? もちろん、その人は戻ってきません。 だって、森に出掛けて帰ってくることなど、ふふっ、無理でしょう? 森には獣も魔物も魔女だっています。月が出たと言ってもそれは赤いかもしれない。赤い月を追って狩人と狼が顔を出すでしょう。 その先に辿り着いたとしてもそこは吸血鬼の棲む館。 ふふっ、私、嘘をその方に吹き込みました。 本当は月の夜に現れる大魚などあの森にはいないのです。かつてはいたかもしれません。ですが、今はいません。 森の奥にある湖にいるのは一人だけ。 私、知っていましたよ。だって、私もその森に棲む吸血鬼の一人ですから。 くすくす。 もうすぐハロウィン。ルールを破ってもいいルールの日。 私も浮かれているのかもしれません。普段つかない嘘など吐いて。 ふふふっ、失礼。 青色キャンディのヒミツが知りたいのは本当です。 キャンディに隠された秘密だなんて、きっと甘美なはず。ですが私は既に知っています。 青色キャンディの中にはある秘密の調べを奏でることができるのは私でも、もちろんあなたでもありません。限られた歌い手のみがそのキャンディに秘められた楽譜を読むことができるのです。 そう、妖精の落書きとは楽譜のこと。それも複雑怪奇なものと聞きます。 私がいくらキャンディを頬張ったとしても楽譜に記された音は跳ねてすぐに沈むだけ。あなたもそうでしょう? 青色キャンディを食べると心が跳ねる。ああおいしい! しかし次の瞬間には沈んで消えていってしまう。 あれはあれで素敵な味です。何度も繰り返し口に入れたくなります。 ええ、アクアマリンとはそういう味なのです。そうだと私も思っていました。 ですが、本当は違うのです。いえ、私たちにとってはそういう味なのですが、本当にごく一部の人にとってアクアマリンという宝石キャンディはそれ以上の価値を持つそうです。 それこそが真の秘密の話なのです。 ではお話いたしましょう。
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