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月下コンサート
キャンディに夢中になった二人は湖の底へ沈んでいきます。人魚にとって暗いその場所は夜の闇に値する安息の場所。彼らの意識はまさに夢現でした。
二人はどんどん沈みます。それはきっと空をかけあがるのと似ているのでしょう。彼らの気分は最高潮です。
そして、ふと、気がつくのです。
青いキャンディを口の中で転がしていると、どこからかメロディが浮かび上がってくるのです。一個のキャンディから浮かんでくるのはほんの僅かな一節だけ。しかしいくつもいくつも転がせば転がす度に違うメロディが浮かんでくるのです。
彼らは歌い出しました。
アクアマリンに溶かされた妖精の落書き、その楽譜を読み取れるのは人魚だけなのです。彼らは楽譜の欠片を繋ぎ合わせて曲にしました。そしてそれに歌詞をつけ、歌にしました。
どんな歌かって? 出来立ての新譜を聴くことはできません。だって彼ら人魚は水の中で歌を歌うのです。
誰にも聴こえていない中で、妖精の歌を歌うのです。
人魚は青色キャンディがより気に入りました。
妖精はなんて素敵な落書きを描くのだろう。彼らはため息と一緒に口から歌を吐き出します。
まあ、そんな話です。
大魚なんていませんよ。いるのは人魚だけ。
あーあ、何処に行ってしまったんでしょうね。あの人魚の兄様は。
もう彼らが二人で歌う歌をずっと聴いていません。
レイン・アクアラインは何処かへ行ったっきり。ブルー・アクアラインの待つあの湖へは帰ってきていないのです。
廻ってくるのは月ばかり。
ああ、そうそう。
人魚の歌と言えば、こんな話もありますよ。
月明かりの下で人魚が歌います。もちろんあのアクアマリンのキャンディを頬張って。
すると不思議なものと出逢うのです。
人魚の兄妹が歌うその声に合わせて楽器の音が聴こえてくるのです。でも其所には誰もいない。
人魚が構わず歌い続けます。楽器の音は楽しそうに増えていきます。
それは月明かりの下でコンサートが行われているよう。
湖の中で二人の人魚が歌う姿は美しいでしょう。でも少しだけ寂しいと私は思うのです。
彼らの歌は妖精の落書き、妖精の楽譜から生まれた歌です。落書きを落書きとしか見ることにできない私たちには奏でることのできない音。
だから、月が輝くこの夜だけは特別なのです。
ほら、ようく見てご覧なさい。
湖の畔、森の木と湖の波が寄せる境を。
小さな影が見えるでしょう?
あれが妖精です。
アクアマリンの音を奏でることができるのはつくった妖精か、楽譜を読む人魚だけ。
なんて楽しそう。彼らは其処にいるのです。姿は見えなくても、この月夜だけは人魚の歌に合わせて音を楽しむ。
これで青い宝石キャンディの話は終わりです。
お願いがあるのです。
一度でいい。月夜の下で探してみてください。
二人の人魚と、恥ずかしがりやな妖精のたくさんの影たちを。
今夜は楽しいハロウィンナイト。
空から宝石キャンディが降ってくる。
あらあら、何処かで奏でられている。青色キャンディはアクアマリン。沈む音楽は青い色。
妖精と人魚が紡ぐ、あなたの心に沈む味。
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