第1話 気づいたらゲームの世界で

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第1話 気づいたらゲームの世界で

 目を覚ますと、草原に横たわっていた。  穏やかな陽の光。  吹き抜ける風。  直感的に日本ではない事がわかる。  見たこともない景色。  文明的なものが何もない、広がる草原と青空。  遠くに見える山と森。  ウィンドウズの壁紙みたいだ。    夢でも見ているのか。  さっきまで薄暗い散らかった部屋でパソコンの前に座っていたはずなのに。  ちなみに俺のパソコンの壁紙は当然ブルファンのファンアートに変えてある。ちょっとエッチなやつだ。  ゆっくりと起き上がる。  体の感覚はある。  だけどどこか作り物めいた景色に現実感を感じられずにいた。  突然、聞き覚えのある声がした。 「やあ! ボクの名前はアルボ。おちゃめな妖精だよ! これから君にこの世界の事を教えてあげるからよろしくね!」  羽の生えた人形――じゃなくて妖精が浮かんでいた。  ちょっと大きなフィギュアほどの大きさで、金髪の短い髪に緑の服。  青い蝶のような羽。  典型的な妖精スタイル。  こいつは俺の愛するブルファンに登場するチュートリアルをエスコートしてくれるNPCキャラクターだ。  ならばここはゲームの中の世界?   やはり俺は夢を見ているのか?   それとも幻覚?  さすがに一日13時間もゲームやったのはまずかったか? 「さっそくだけど君の名前を教えてくれるかな?」  アルボは俺のことなどお構いなしに話を進めようとしてくる。  たしかにこのゲームの始まりはこんな導入だった。  俺はサービス開始からやっている古参勢だったので最初のチュートリアルなんて3年前にやったっきりだったから記憶が曖昧な部分もあるが。   「懐かしいな。たしかゲームに登場するキャラの名前は使えないんだよな」  俺が懐かしさでちょっと気を緩めていたら 【エラー:文字数が多すぎます。最大8文字以内でお願いします。注意:一部使えない文字があります】  と機械のような声、いや音声が聞こえた。  何だ今のは。 「いや、今のは名前じゃないよ」  と言うと、また 【エラー:文字数が多すぎます。最大8文字以内でお願いします。注意:一部使えない文字があります】  という音声。  これは名前入力時の警告メッセージか。  アルボの口は動いていなかったのでこの警告メッセージはどこからか聞こえてくる天の声といったところだ。   「なあアルボ」   【お名前は『なあアルボ』でよろしいですか?】  と天の声。  なんだそのレイドバトルで避けられそうな寒い名前は。  ゲームキャラに語りかけてるとかヤバいやつだろ。  これは俺が口にした言葉が名前として入力されるということだろうか。  妙に心がざわつく警告音声を何度も聞かされるのはちょっとしたストレスだ。  かと言ってこのよくわからない状況で本名を名乗るのもなんか危ないと言うか俺のネットリテラシーが作動して 「キシタロー」  という名前に決めた。  どうせ夢だ。  名前なんてどうでもいいし、なんならこのゲームは後から名前を変えることができるんだから気にする必要はない。  すると、さっきまで笑顔で固まっていたアルボが急に軽快に動き出した。 「君の名前はキシタローっていうんだね! 珍しい名前だね。もしかして君は別の世界からやってきたビジターなのかな?」  うんうん。そんなセリフだった。  だが、妙にムカついてきた。  なんだ、この取ってつけたようなやり取りは。  不自然すぎる。  文字で読んでるときはあまり気にならなかったが、実際に経験するとひっかかる。  もうちょっとうまい会話の流れで名前を決めるか、いっそゲーム開始前に名前を決められるかにすればいいのに。  無理にゲームのチュートリアルの中で名前を決めさせようなんてするからこうなるんだ。  アルボの声も改めて聞くと妙に楽しげでムカつく。  動きもいちいち大げさなのもそれに拍車をかける。  こっちはまだ絶賛混乱中なんだぞ。  いきなり妖精が出てきて「ボクの名前はアルボ」じゃねえんだよ。もっと他に言うことあるだろうし、そもそも妖精はいきなり名乗ったりしないだろ。  そんなことだから――。 「アルボさあ、実は俺はこのゲームの経験者なんだ。チュートリアルはもういいからさ、ちょっとこの世界についてききたいことがあるんだけどいいかな?」 「あっ! あそこにモンスターが現れたよ」  アルボは俺を無視して話を進めてきやがる。 「ビジターには仲間を呼び出す力があるんだ。本当は300ジェル必要なんだけど今回だけは特別に……」  これまた取って付けたようにモンスターが現れたのだろう。  しかもなぜか簡単に倒せる一番弱いモンスターが。  俺は後ろでガサガサと草をかき分ける音に振り向きもせずにアルボに詰め寄る。 「うっるせえ! チュートリアルは要らねえって言ってるだろ! いいから俺の質問に答えろ!」 「……今回だけは特別にボクが用意してあげるね!」  あくまで話が通じないということか。  だがなめるなよ。  俺はいまこの世界にプレイヤーとして入り込んでいる。  お前ら運営の用意した筋書き通りになど進んでやるものか。  ユーザーにとって運営とは最初は創造神、やがて疫病神となり、最後は破壊神となる。  つまり――敵だ。  おもむろにアルボの頭をはたいてみた。  ふっ、といううめき声ともなんとも取れない声を漏らしたが、さすがNPC。  表情を崩さない。  が、まばたきが増えている。  おもしれえじゃん。  さらにアルボの脇に手刀を入れる。  ぶふっ、とさっきよりしっかりとうめき声が聞こえた。  すこし目に涙が浮かんでいる。 「さあ、召喚の儀を行おう!」  アルボは健気にも案内役を貫こうとしている。  だがちょっと声が震えてるじゃないか。  アルボの妖精らしくとんがった小さなかわいらしい耳に顔を近づけた。 「これが最後の警告だ。俺の質問に答えなかったら、お前が笑い死ぬまでくすぐり続ける」  アルボは笑顔のままだったが、顔中に冷汗を浮かばせていた。 「さあ、アルボ! 俺の質問に答えるか、ここで笑い死ぬか、どっちがいいんだ!」 「なんなんですかあなたは!」  アルボはさっきまでの、可愛らしいがどこかあざといものとは違った声で叫んだ。 「なんだよ、ちゃんと喋れるんじゃないか」 「あ、あれ? お、おかしいですね。ボクは決まったことしか喋れなかったはずなのに……」  アルボ本人も驚いていた。 「いえ、それよりあなたです! なんなんですか? どうしてそんな自由に動いているんですか! なんで嫌がらせをしてくるんですか!」 「よしよし、ようやく話が前に進みそうになってきたぞ」  内心運営に一泡吹かせてやった気持ちになっていい気になった俺は、アルボに経緯を話してやった。 ※ブルファン  『ぶるーふぁんたじあ』というソーシャルゲーム。ジャンルはロールプレイングアクションゲーム。基本無料。累計ダウンロード数は150万人を突破して以降は通知がない。サービス開始して3年目。扉人と呼ばれる異世界からの戦士を召喚して世界の元素バランスを壊そうとしている妖精王を倒すという物語のストーリー。プレイヤーは『ビジター』という扉人を召喚する能力を持った存在で、扉人と協力して敵を倒していく。 ※チュートリアル  ゲームを進める際に操作方法などを説明してくれるパートのこと。ブルファンでは最初にチュートリアルを強制的に課せられゲームの操作を学ぶようになっている。 ※運営  ソーシャルゲームでは常にゲームがアップデートされていく。それらゲームの全てを運営しているゲーム会社(または制作者)のことを『運営』と呼ぶ。ユーザーからはいつもいじめられているが実はユーザーがいじめられているという説もある。
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