26.忘れ形見の誕生

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26.忘れ形見の誕生

ラルフはゾフィーの妊娠期間中、なるべく遠出を避けるようにしていた。でも運の悪いことにゾフィーが臨月になって、領地へ視察に行く予定の公爵が肺炎寸前かというほどの風邪にかかり、ラルフが急遽代理で行かなくてはならなくなった。それに結婚した後にゾフィーは懐妊した設定だったから、公にはゾフィーはまだ臨月ではなく、ラルフは領地視察を延期したり、断ったりすることができなかった。 「ゾフィー、義父上が病で領地へ行けなくなったから、私が行かなくてはならなくなった。もうすぐ予定日だというのに本当に申し訳ない」 「心配なさらないでください。お義母様も私の侍女マイカもいますし、産婆もついています」 ゾフィーは本音ではラルフにそばにいてもらいたかったが、未来の公爵夫人としてそれではいけないと自分を奮い立たせた。 「あーあ、嫌だなぁ・・・俺はゾフィーが心配だよ」 「心配しないでいってらっしゃいませ。ここに旦那様も奥様もいらっしゃいますし、陣痛が始まればすぐに産婆も来ます。だから若旦那様がいらっしゃらなくても大丈夫です。私もいますし」 「俺がいるのといないのじゃ、ゾフィーの精神的な支えが違うんだよ。お前じゃ支えになれるわけないし、なってほしくない」 「はいはい、お熱いことですね。若旦那様の想いは領地からでも届きますからご安心ください」 ラルフは公爵家に来てまだ1年になっていないが、同年代の執事のコンスタンティンとは軽口を叩けるほど打ち解けていた。 翌朝、ゾフィーは重いお腹を抱えながら、寂しい気持ちを押し隠して領地へ出立するラルフを見送った。 「いってらっしゃいませ。どうか無事に帰ってきてくださいね」 そう言ってゾフィーは背伸びしてラルフの頬にキスした。するとラルフの顔は耳まで真っ赤になってしまった。それを見た公爵夫人や使用人達は、たった1週間の旅なのにまるで今生の別れのようだと2人を微笑ましく思い、温かく見守った。
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