狂気の隠し場所

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--- 刑事の様子に不安を感じた私は、警察署からの帰宅後、今までの経緯のどこかに不安要素がないか、もう一度これまでを振り返ってみることにした。 ヘタを打たないためにも、経緯をちゃんと整理しておくのは決して無駄なことじゃない。 --- それは一年ほど前のこと。 帰宅の遅さが恒常的になり始めたのと、部屋での様子の不自然さで主人の浮気を疑った私。 尾行や主人の書斎に仕掛けた盗聴器など、自ら探偵紛いの調査を行った結果、主人が浮気をしていることと、その相手が山瀬だという取引先の女性であることを突き止めた。 ロック解除時の指の動きからスマホのパスコードも割り出した。盗み見たメッセージアプリには、目を覆いたくなるような、吐き気を催すようなやりとりが残されていた。 初めは、共通の趣味で山に行ったりしてただけだったのが、一緒に過ごしている時間が増えるにつれて邪な感情が芽生え、いつしか一線を越えてしまったらしい。 私は許せなかった。 主人の浮気は、実はこれで二度目だ。 二度も私を裏切った主人のことを、もう二度と許せないと思ったし、せっかく前の女から取り戻したと思っていた主人を、横からトンビが油揚げを攫っていくかのように奪っていった山瀬のことも、絶対許せなかった。 どうすれば二人に復讐できるか。 今回の浮気に気づいてからずっと。 私はそればかり考えていた。 そんなある日、ふとある可能性に気づいた。 かつて、私の不在時に我が家に浮気相手を招き入れて、それがきっかけで浮気がバレた主人。 今回はその反省からか、私がどんなに不在の時があろうと、山瀬を我が家に招き入れることはしていないようだ。 浮気に気づいて以降設置したままの書斎の盗聴器や、新たに設置した隠しカメラにも何の記録も残っていなかった。 どうやら、外で会っているのは間違いない。 山瀬がここに来たことがないということは、山瀬は我が家の場所も、私の顔も知らない可能性がある。 そう考えた私は、ある作戦の前段として、山瀬の退勤後の帰り道で人違いを装って接触し、私のことを認識しているかどうか探ってみることにした。 「あれ?木下さん?木下さんですよね」 「えっ、違いますよ」 わざと違った名前で声をかけてみたが、その反応は“浮気相手の妻が突撃してきたのをかわそうとして、しらばっくれている”ような感じではなく、素で私のことを知らない様子なのは間違いなかった。 そう確信した私は、時を置かず、すぐ次のステップへ。 今度は、山瀬がよく一人で飲みに行く店を突き止め、偶然を装って再度接近。 「あ、この前、間違って声かけちゃった方ですよね?」 「ああ、あの時のお姉さん!」 「私一人なんですけど、ご一緒しても?」 「ええ、どうぞ」 それをきっかけに“飲み友達”となり、いつしか“部屋飲み”と称して、主人が留守の日を狙って山瀬を我が家に招くようになった。 最初は安心させるために我が家でただ飲むだけだったが、回を重ねて彼女が気を許し始めた頃に、彼女を口説き、数回目の家飲みの際には、私と体を重ね合う関係に。 それも主人のベッドの上で。 私が“恋人”の妻だとも知らずに、このベッドがその“恋人”のものだとも知らずに、そして私が彼女に注いでいるのは偽りの愛だとも知らずに、山瀬は次第に私にのめり込み、それに反比例するかのように、山瀬は主人とは疎遠になっていった。 --- 山瀬を主人から奪うのが目的ではない。 主人も山瀬もこの後不幸に突き落としてやるのだ。 こんなまどろっこしいことをするのも、全ては二人への復讐のため。 山瀬も主人も最高に高揚させておいて、一気に叩き落とす。 それが私の描いた復讐劇だった。 --- そして時は来た。 決行の日は、今年のハロウィン当日。 主人が予定通り一人でデイキャンプに出かけた隙を見計らって、いつものように山瀬を我が家に呼び出した。 そして時間を惜しむかのように即ベッドへ。 これが最後かと思うと、いくら憎い相手だとはいえ少し感傷的になり、いつもより丁寧に愛してしまった。 当初の予定より時間がかかってしまったが、どうせ主人は午後10時頃まで帰ってこない。時計を見ると時間は午後3時を回ったばかり。まだまだ時間はたっぷりある。 二人で念入りにシャワーを浴びた後、再びベッドに戻ると、私の腕の中で安心し切って余韻に浸っている山瀬の顔を寄せて、耳元で囁いた。 “今の彼氏と別れて、私のモノになりなよ” “うん” そう小さく頷いた山瀬は、すぐさまスマホを手に取ってメッセージアプリを立ち上げると、どこかにメッセージを送信し、再び私の腕の中に戻ってきた。 「いま、彼に“もう別れよう”って送っちゃった」 それから。 彼女が寝入ってしばらく経った頃。 私はベッドから抜け出し、指紋をつけないよう木綿の白い手袋と、返り血を浴びても大丈夫なように大きめの白衣を羽織ると、主人のデスクの引き出しからサバイバルナイフを取り出して、寝ている彼女の胸めがけて一気にそのナイフを…。 --- 「あーあ。 完璧だと思ってだんだけどなあ。やっぱバレちゃったか」 不安を覚えながら警察署から帰った翌日。 再びあの刑事が我が家を訪れていた。 私にもう一度詳しく話を聞かせてもらいたいと。 「返り血を浴びた白衣と手袋を付けたままハロウィン会場に逃げてアリバイ作るってのは、我ながらいいアイデアだと思ったんだけどなあ。 ほら、血を落として着替えて血のついた服を処分してって、ちょっとエッチに時間かけ過ぎちゃったんで、あんまり時間無かったし、死亡推定時刻のアリバイ作るにも早く会場に行ってなきゃってことで、急遽閃いたアイデアだったんだけどな。 あんな格好で街を歩いてても、あの日だけは怪しまれないからさ」 「その時、ナイフも持っていけばよかったんじゃないか?」 騙されていたことが確定して腹がたっているのか。それとも犯人だと見抜けなかった自分に腹を立てているのか。 事件の日を思い出して楽しそうに語る私を少し不機嫌そうに睨みながら、刑事が尋ねた。 「だって、ヤツ(主人)のナイフが無かったらヤツが疑われないかもしれないでしょ? だからあの凶器だけはわざとアンタらに見つかりやすいところに置いといたんだよ」 私は刑事に向けて、ニコッと微笑んだ。 そう笑う私を見つめる刑事の目は、私の眼の奥に隠されていた狂気を発見した恐怖心からか、小刻みに揺れ続けていた。 了
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