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1ー5 衝動
俺は、しばらくクルスという裏のありそうな男のもとで身を隠すことにした。
今の俺は、ただの逃亡兵だ。
軍に捕まればただではすまない。
それよりも、だ。
なぜか、魔法が解けて人間とはいかないものの龍人ぐらいにはなっている俺は、全身に怪我をしていた。
動けない俺の世話をしてくれたのはクルスの奴隷である薄汚いガキだった。
その泥だかなんだかわからないもので汚れたガキは、クルスからチヒロと呼ばれていた。
チヒロは、薄汚いだけでなくチビで枯れ木のように細くていつも何かに怯えている。
俺ともあまり口をきこうとはしなかった。
チヒロは、俺に朝夕の食事を運び、一日に一回、俺の全身に巻かれた包帯を取り替えて薬を塗ってくれた。
俺は、チヒロに薬を塗ってもらいながら考えていた。
確か、最初に俺が目覚めたとき、クルスは、俺とこのチヒロがセットだとかいってなかったか?
俺は、チヒロのことをじっと見つめた。
「なんだ?じろじろ見て」
チヒロは、まだ声変わりもしてない少女のような声で俺に凄んで見せる。
俺は、クスッと笑った。
チヒロは、俺をぎん、と睨み付けた。
「なんだよ?」
「いや」
俺は、チヒロの頭をポンポンと軽く叩いた。
「ありがとうな、チヒロ」
チヒロがぐぅっと低く呻いて俺の手を振り払った。
「僕に触れるな!」
チヒロは、そう叫ぶとさっさと部屋から去っていった。
うん?
俺は、首を傾げた。
俺は、礼をいっただけだというのになんであんな態度をとられるわけ?
その日、もうチヒロは、俺のもとに戻ってはこなかった。
夕食とは、名ばかりの薄いスープと固い黒パン、それに干した何かの肉を運んできたのはクルスだった。
「お前、チヒロに嫌われたな」
クルスは、にやりと笑った。
俺は、憮然としたまま干し肉を噛みちぎった。
面白くない。
俺は、クルスの見ている前で無言でその不味い夕食を食っていた。
「!?」
突然、喉の奥から狂おしいばかりの衝動が突き上げてきた。
熱い!
俺は、食事の盆がひっくり返るのにもかまわずうずくまって荒い呼吸を繰り返す。
「な、んだ、これ?」
「おっと!」
クルスが後ろに下がると呟いた。
「竜化の魔法が進行してきたんだな」
はい?
俺は、竜に変化した腕を見つめてからクルスを見た。
竜化の魔法の進行?
どういうことだ?
俺の魔法は、不完全だが解かれた筈なんじゃ?
苦しげな呼吸を繰り返している俺を見下ろしてクルスは、声を張り上げた。
「チヒロ!」
しばらくすると部屋の扉がおずおずと開かれてチヒロが顔を出した。
クルスがチヒロに命じた。
「こいつにさっさと触るんだ!」
チヒロは、クルスに言われて飛び上がるようにして俺のそばに駆け寄ると俺にそっと触れた。
チヒロに触れられた場所から優しい波動が伝わってくる。
俺の体の奥から突き上げてくるような衝動が収まっていくのを感じた。
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