君のために僕は何が出来るだろうか

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7年前。 9月の終り、長い残暑を抜け秋風が新しい季節の訪れを告げるそんなある日の事。 僕の当時の習慣は親に秘密で深夜、家を抜け出し夜道を一人散歩する事だった。 習慣と言うより趣味みたいなものか。 なかなか寝付けない夜にこっそり窓から抜け出して始めて見た無人の街並み。 まるで時が止まっているかの様なその非日常感にすっかり虜になってしまっていたのだ。 あの日は、いつもの様に深夜の街を散策していた。 たしか、道路の白線の上だけを歩くルールを作り一人、白線と睨めっこをしていたのを憶えている。 何がきっかけは分からない。 きっと気配の様なものを感じたんだと思う。 何かを感じて僕は目線を上へ向けた。 そして、一瞬で心を奪われた。 バス停のベンチに座る人影。 そこには、一人の少女が月を見上げていた。 同時に今夜は中秋の名月だと今朝、母が言ってのを思い出した。 綺麗な満月と、そこから導かれた青白い夜の光が彼女を照らしていた。そのどこか淋しげで、無機質な姿はまるで、月へ連れて行かれるあの物語。かぐや姫を彷彿させた。 「あ、あのっ。」 僕はたまらず声を掛けてしまっていた。 彼女はゆっくりと振り向くと視線が合う。 ドクンっ。 僕の心臓はあまりのその美しさに大きく脈打つ。 「き、今日は、中秋の名月って言って一年で一番月が綺麗に見えるらしいよ。」 咄嗟に口から出たのはそんな言葉だった。 僕は何を言ってるんだ。 束の間の無言。 「そうなんだ。」 あまりにも素っ気ない返事だった。 「君は月を見ていたんじゃないの?」 「別に。そういう訳じゃない。でも・・・ほんと。綺麗。」再び空を見上げて言った。 「隣、座っても良いかな?」 彼女は一瞬警戒する様な表情を見せたが、コクっと小さく頷いた。 僕はこの時。 彼女に興味があったし、この淋しげで無機質な少女の笑顔を見てみたいという気持ちになっていた。 「僕は、高野 満(たかの みちる)。中3。君の名前は?」 「・・・・」 「君は、どうしてこんな時間にバス停なんかに居るの?」 「・・・・」 「この時間だと結構冷えるね。」 「・・・」 「月、綺麗だね」 「凄く綺麗。」 どうやら、ちゃんと聞えていたらしい。 僕には最初、彼女がずっと月を見上げている様に見えたが、反応を見る限り本当に気付いていなかったらしい。 あるいは、気に留めていなかったか。 その後も、僕は果敢に彼女に話しかけ続けた。 だいたい、僕が十話掛けると一返ってくる。そんなやり取りをかなり長い時間続けた。 今思えば相当迷惑な話かもしれない。 でも僕は、この時間をどうしても終わらせたく無くて仕方がなかったんだ。 「サチ。幸せって書いてサチ。」 彼女がそう名乗ったのは、お互いそろそろ帰ろうかというタイミングだった。 「僕は、満。満たすって書いてミチル。」 まるで釣られるように僕は、もう一度名乗ってしまっていた。 お互い自分の家に向い歩き出す。彼女は僕とは真逆の方向へと進んで行くと、やがて見えなくなった。 こうして、僕とサチは出会った。
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