感応より

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─── 「俺は客だぞ? 何で酒を出せないんだ」 「すみませんお客様、少々お声を控えて頂けますか?」 カウンターにいるギャルソンに、酔った男性客が絡み出したのを見て俺はすぐに会話を抜け、二人の間に入った。 「どうしましたか?」 「こちらのお客様がワインをボトルで召し上がりたいと仰るのですが」 と言った後、俺の耳元に囁く。 「『オーベール』から流れて来たみたいで」 オーベールは同じフロアにあるフレンチレストランだ。 男は悪酒(わるざけ)をして店を追い出されたらしく、ここでボトルワインの提供を求めてるというわけだ。 プシュケはアルコールも出すけれど、精々グラス一杯が限度で、既に酔ってる場合は応じない。 「お客様、ペリエでリフレッシュされては如何ですか?」 威嚇するアルファを前にすると、身体は勝手に縮み上がってしまう。 怯む自分を奮い立たせ、尚且つ婉曲(えんきょく)に伝えなければと俺は思った。 「宜しければこちらのお席へどうぞ」 「ふんっ、オメガのくせにアルファに命令するのか?」 「お客様っ」 物言おうとするギャルソンと、戯言以上の地雷を踏んだ男をロックし立ち上がりかける鷹堂。 俺はメイトに対してもアピールするように、横にいるギャルソンを小声で制した。 「だ、だだだ大丈夫だから」 「お前知らないのか? 『お客様は神様』って言葉を。 オペラ座はな、俺達あっての劇場。 ここをクビになりたくなければ頭にしっかり叩き込んでおくことだ。 『お客様は神様』なんだと」 酔った男は自ら発する言葉に勢いをつけたのか、力任せにカウンターを叩き、その音で辺りが一瞬にして静まり返ってしまった。 客の全員が顔を(しか)めている。 上流階級の人間ばかりが来るオペラ座 で、こんなことは初めてだった。 ─ どうしよう。 俺の視界に鷹堂が現れる。 間に入ってくれるつもりなんだろうが、 ここは俺が預かっている店だ。 「あ、あの、、、」 「どうしたよ? 返す言葉もないのか? ぁああ?」 従業員全員が息を飲み、客達は俺と酔った男を注視し、鷹堂は恐ろしい顔をして近づいて来る。 でもプシュケの店長は俺だ。 ここは俺が何とかしなくっちゃいけない。 「お、、、お客様は神様です」 「、、、だろ? そういうことだ」 「なのでっ、 酔っぱらい(・・・・・)神は他の神様のご迷惑ですっ、どうぞお引き取り下さいっっ」 ─── しばらくして、 深々下げた俺の頭の上に、酔客の小さな声が降りてきた。 「ぉぅ」
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