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感応より
旧国立歌劇場 通称オペラ座
───
ネオ・バロック様式の典型とも言われるこの優雅な劇場に、
『カフェ ド プシュケ』がオープンして三ヶ月が経った。
彫刻が施された漆喰の柱と、高い天井一面に広がる天界画、壁には神話に登場する人物を象った燭台が並び、金色をした蝋燭の先端は営業を始めてから一日も休まず、ゆらゆらと淡い灯りを揺らしている。
床はふかふかの絨毯敷き、ずっしりとしたローテーブルに奥行きのあるソファ。
座面には刺繍が施されたタッセル付きのクッションが重ね置かれている。
「パスカル、カフェ.クレム二つ」
「はい」
パスカル(店長)はここでの俺の名称。
オープニング当時から欠けることのないギャルソンは全部で七人、皆陽気でスマートな対応ができる経験者ばかり。
「凄い。
チップの箱もう満杯ですよ、パスカル」
常連客はそれぞれ贔屓のギャルソンをつくり、心付けを置いてくほどになったけど、『集まった金は週に一度、全員で等分しよう』と皆で決めた。
「手腕発揮だな、阿朱里」
カウンターに座る俺の魂の番、鷹堂 神がカップ片手に感心している。
「チップは俺の功績じゃないよ、皆のおかげ」
「マネジメントの能力が高いってことだろ?」
「フィルターかかり過ぎだ」
「客捌きに関してもオーナーが褒めてた。
気位の高いアルファが常連客として多い中、阿朱里は臆することなく接客してるって」
臆さないわけはない。
アルファに囲まれたオメガはどうしたって怯むし緊張もする。
頑張って頑張って、ひ弱な姿を見せないようにしてるだけだ。
まあ、その辺りを鷹堂だけは理解してくれてるからいいんだけど。
その証拠に、
「阿朱里君、オペラ座には神がいるんだって?」
最近顔見知りになった常連客のアルファ数人がカウンター越しに話しかけてこようもんならスッと笑顔を消し、カップを口にしながら耳をそばだてる。
これは番を前にして警戒するアルファ特有の仕草だ。
「榊原さま、よくご存知ですね」
「いや実はね、劇場に住まう神の噂を耳にして、僕ら全員の意見が一致したんだよ。
その正体とは、突然カフェ.プシュケに降臨した美しいオメガ神のことじゃないかって」
鷹堂と番ってからの俺は身体も顔つきも、より一層艶かしくなったと言われ、そのせいか嗅覚鋭いアルファ種が何やかやと話題を作り近寄ってくる。
勿論、メイトを構われるアルファにとってこういった言動はレッドラインなんだけども、鷹堂は怒らない。
多分、俺を美しい神と称したことで許容したんだろう。
チラと目を遣ると、
『当たり前だろ』
と言わんばかりに口の端が上がってる。
でも鷹堂がメイトに対する戯言を許すのはここまでだ。
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