If物語

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手元にある大根の皮を剥きつつ、俺は男が微笑んだ時の笹葉のような目を思い返した。 「コミュニケーション能力も高かったなー」 自然なのに完璧に気を遣える人って、いるもんなんだよね。 『自分は予定外メンバーなので』なーんて言って、皆の助手に徹してさ。 全員が顔を顰めた鶏の詰め物入れを躊躇なくやってくれてたし。 俺がその、柏木って名乗った人のことを『変なヤツ』じゃなくて、『妙なヒト』って表現するのは端から悪いイメージを感じさせなかったから。 「勤め先を訊かれても、さり気なくかわしてたし。 身に着けてる時計や服装からして明らかにエリートそうだったけど」 鍋に米の研ぎ汁と一口大にカットした大根を入れ、火に掛ける。 「そういうところが却ってあの人の人間性の良さを表してたんだよな。うん」 人を警戒させないと言うか、とにかく不審さが1ミリも無かったんだ。 でも、 「大胆過ぎんだろ」 講習の最後、顔を赤らめながら俺の連絡先訊いたりしてくるもんだから、さすがに周りの女子も「お察し〜」って感じで、「教えてあげなよー、逃がしちゃ損よ〜」なんて笑って言い出す始末。 「そりゃぁね」 冷蔵庫からブリを取り出し、パックを剥がしながら首を振る。 「魅力的な人だったと思うよ? たった2時間一緒に料理しだけだったけど、会話も楽しくてつい引き込まれたし」 でも俺は迷うことなくきっぱりと断った。 だって、 「帰ったぞー」 「あ、おかえりなさーい」 俺にはこの人がいるから。
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