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13歳のうさぎたち
「加津佐、うさぎは」
救命救急の家族用控え室のソファで頭を抱えていた加津佐が、静馬の声に今にも泣き出しそうな顔を上げた。本当は真っ先に静馬の体温を感じたいところだが、腕を伸ばしかけたところで静馬の背後に二人の女性がいる事に気付き、宙に浮いてた手を引き戻した。
しかしその手を、静馬は掴んで引き寄せ、自分より背の高い加津佐を抱きしめた。ぽんぽんと背中を叩くと、加津佐はホッとした様に大きく息を吐いた。
「お知り合い、ですか」
児相の横山が遠慮がちに尋ねてきた。横で莉子は、ああ、この人が、と納得した様な顔をして澄ましていた。
「僕、ロビーで待ってるよ。僕がいたら、医師の説明が聞けないだろ」
もう大丈夫とばかりに頷き、加津佐は静馬の腕をきゅっと握り、そのまま行ってしまった。
神楽殿の床下で、少年は黒革のバッグを抱えて丸まっていた。加津佐は折良く少年の捜索に駆け回っていた制服警官と一緒に潜り込んで救出したが、抱き上げた時はもう虫の息であった。
祈る様に救急搬送にも同乗して手を握り続け、救命救急の医師に後を託したのだった。
あの子は、13の時の自分だ……あの狂った場所で毎日鞭で打たれ、蹴られ、生き抜くのが精一杯で、助けて欲しいと、月に祈っていた毎日……。
静馬を待っている間、加津佐は全身の傷跡から蘇る痛みに耐えていたのだ。
静馬にはそれがわかっていたから、駆けつけた時、部下の目も気にせずに抱きしめてくれたのだ。
だが、無人の薄暗いロビーに一人でいるのはやはり心細い。
カツカツと、少し逸る様な足音が近づいてきた。
ああ、あの大好きな足音だ。
大好きなチキン南蛮を食べたくて早足で店にやって来る時と同じ、あの足音だ。待ち兼ねて待ち兼ねて、それでも涼しい顔をして迎える足音だ。
「加津佐、大丈夫か」
一人で駆けてきた静馬が、立ち上がって待っていた加津佐を抱きしめた。
「あの子は」
「今、息を引き取った」
そんな……と、加津佐は静馬の腕から滑り落ちる様に床に崩れた。
何故、今日に限って月があんなに不気味に見えたのか……。
消沈する加津佐を抱きしめながら、静馬はあの月を思い出していた。
加津佐だけではなく静馬にも、暗黒の毎日からあの月に救いを求める様に細い手を伸ばしていた少年時代の記憶がある。
静馬もまた、16歳で伝説の女形と呼ばれるまでに、13の頃から義理の兄に愛だと信じ込まされて性的な搾取を受け続けた。ホテルに呼び出されて情事に耽って放り出された後、見上げた月は丁度あんな風に、禍々しい光を湛えていた。きっと違う、愛ではないと頭では解りながら、縋るしかなかった孤独な13の頃の自分……そんな愚かな過去も、加津佐は全て受け入れてくれた。
共に辛かった13歳の記憶を持つ静馬と加津佐……月の引力が、13歳のうさぎと出会わせたのか。
花園で出会った13歳のうさぎ達……。
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