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第1話 長ーい、夢
そこで神様が言った。
――お前の死は誤りだった。生まれ変わりを願うか?
僕はそこで考えた。
走馬灯、ではないけど、自分の17年という短い世界を振り返る。うーんと考える。
家族のこと、友だちのこと、気になる女の子のこと、⋯⋯意外と自分の世界って狭かったんだなぁと驚く。
それなら生まれ変わって、一からやり直しもありかもしれない。天国に寄り道しないで今すぐに。
神様はこう言った。
――決まったようだな。では次は間違いのないように、人生を歩んでくれ――
◇
変な夢を見た。
どうやら一度死んだ設定らしい。んなわけないって。まったく、暑いからっておかしな夢を見たもんだ。
神様も本当にいるなら、この温暖化をなんとかしてほしい。朝から蝉がけたたましい。
「純~、寝坊してんな。早く起きないと迎えが来ちゃうぞ」
「あ、ヤバい! アイツ、マジでうるさいんだよ。ちょっとどいて! 制服⋯⋯」
そこにかかってたのは、いつも通りのネクタイ、スラックスではなかった。
⋯⋯なかったんだよ。
スカート!!! うちの高校の、グレーのチェックが清楚と言われる評判のスカート!!!
「姉ちゃん! なんでこんな意地悪するんだよぉ。僕が寝坊するって、お決まりじゃん。隠してる制服持ってきてよ」
「なんのこと? ほら、その薄いTシャツのまま貴史くんの前に出るわけ? 透けてるぞ」
なにが!? と鏡を向くと。
⋯⋯かわいい。誰だ、この子は。
パッチリした瞳、あざとさの欠片もない、天然のショートボブ。ぽってりした少し上向きの唇。鼻はささやかに乗っている。
かわいい。普通にかわいい。
「自分の顔見るのに鏡に張りつくなんて嫌らしい子に育ったわねぇ。年頃ってヤツ? やだやだ。顔洗って早く着替えなさいよ」
姉ちゃんは興味を失ったという顔をして、階下に行ってしまった。大学生はいいよな、チャラチャラしやがって。
まだ就活を始めてない姉ちゃんは、髪をオレンジに染め、長い髪には全体的にシャギーを入れて高校生とは一線を画している。
僕はどちらかと言うと、昔の清楚系の姉ちゃんの方が好きだ。鏡の中の女の子に似た。
◇
キキィッと油の切れたブレーキをかける音がして、慌てて窓の外を見る。
ヤバい、貴史が来た!
アイツ、そもそも塩なんだけど、怒っててもよくわからないところが更に怖い!
早く着替えなきゃいけないんだけど、指が上手く動かない⋯⋯っていうか、なんで僕に胸がある?
っていうか、あれ、なんだこれ? ブラ?
上にブラウスを着てみると、透けるじゃないか。え、どうすんの? なんなの? これは夢なの?
「⋯⋯姉ちゃん! ちょっと来てよ」
◇
「お、お待たせ⋯⋯」
貴史は何も言わず、視線をこっちに向けた。
刺さる。
どうして何も言わない? いつもみたいにネチネチ嫌味を言えばいいのに。
ああ、やっぱり夢なんだな。神様出てきたし。
僕が女になるなんて、なんて悪趣味な夢だ。
「曲がってるから、こっち向けよ」
「え?」
仕方ない、という顔をして自転車を停めると、貴文は僕の前に回って手を伸ばした。
何事かわからず、ドギマギしてされるがままでいる。
貴文の指は器用に、ネクタイを締め始めた。すっすっと、慣れた手つきで。
「2年生になってもまだまともにネクタイも締められないとはな」
「あ、ありがとう⋯⋯」
いや、実を言うと締めてくれたのは姉ちゃんで、急いではいたものの、文句は言わず、口にソーダバーを咥えたまま、僕の女子の制服を着せてくれた。
同じ高校だったせいか、それは手早くて、僕の出る幕はなかった。
最後にすっと、スカートのポケットになんか入れられてビックリする。
「いてら~」
ポケットに手を入れると、UVカットのリップだった。
◇
「じゃあ行くぞ」
自分もチャリのカギを開けて、漕ぎ始める。
スカートは足の動きと風ですぐにめくれそうになる。気になって、全力で漕げない。
「純?」
「ごめん、ちょっと先に行ってて」
「具合悪いの?」
「違う、けど」
「ゆっくり行けばいい。遅刻しないように余裕を持って迎えに来てるんだから」
やさしい?
⋯⋯貴史って確かに気が利くなぁとずっと思ってたけど、それにしてはやさしくない?
にっこりはしてないけど。
蝉の声がわんわんと鳴り響く中、僕たちの影は色濃くアスファルトに落ちた。
「荷物貸せよ」と肩に背負ったリュックは、貴文の自転車のカゴに入る。
そよ風も吹かない中、さぁっと、何かが心を過ぎる。
カンカンカン⋯⋯と踏切の遮断機。
ああ、1本、乗り過ごした。
顔をうかがうと、貴文はいつも通り、顔色ひとつ変わらない。真っ直ぐ踏切が開くのを待っている。
電車が前を通る。
さぁっと髪が顔にかかって、目を瞑る。なんか、女の子って大変。
僕が髪を押さえるために放した片方のハンドルを、貴史が支えてくれていた。
ありがとう、を言う前に「行くぞ」と言われる。
次の電車でも、学校には十分、間に合う。あわてる必要は確かにない。
駅前の駐輪場でもさっと自分の自転車を停めた貴文は、何も言わず、僕の自転車も停めてくれた。
⋯⋯神。
こういうのは、今までなかったなぁ。確かに僕はいつでももたもたしてたけど、ここまでケアしてもらったことはない。
貴史は女の子にやさしいのかもしれない。
僕の知らないところで。
そう言えば、この間、C組の女子に呼び出されてたっけ。
モテるヤツは、そういうところが違うんだな。
僕だってもしも女なら、勘違いしそうだ。この、クールな横顔の幼馴染に。
◇
貴史と知り合ったのは、幼稚園だ。同じクラスだった。
幼稚園児というのはあれだ。うわぁーっと盛り上がって走り回る。特に男なんてそんなんだ。
そんな中でも貴文は落ち着いて絵本を読んだり、みんなが鬼ごっこをするなら自分も合わせて上手く逃げる、そんな感じだった。
母さんと、貴史ママは子供たちが同じクラスという縁で仲良くなった。家も、かなり近い事がわかった。
そのままの流れで、僕たちはお互いの家を行ったり来たり。どっちのママが本当のママかわからなくなるくらい、互いの家に預け、預けられ、幼少期を育った。
つまり、すげー長い付き合いだってこと!
その一言に尽きる!
「⋯⋯お前さ」
「うん?」
電車に乗り込んで、平行に吊革を掴んで並んでいると、貴文の方から話しかけてきた。
「⋯⋯順応性、高いんだな」
ボソッと呟いたその声は聞き取りにくかった。
でも聞こえないわけでもなかった。⋯⋯順応性?
そういうのは貴史の方が理性的な分、高いんじゃないのか?
わかんないな、と思いつつ、電車に揺られる。
それにしても夢、長い⋯⋯。
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