四話 現世に戻る

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四話 現世に戻る

 私が憑依したのは、ジョルジュの専属侍女マーサ。ジョルジュが結婚するときに、自分の生家から連れて来た侍女だった。  マーサは、ジョルジュの子供の頃からの侍女で彼のことなら何でも知っていた。  私が一番初めに顔を合わせた時など、母親かと思う程だった。「私の坊ちゃんを、よろしくお願いいたします」と言われた記憶は鮮明に残っている。  世間知らずだった私は、男性の専属侍女ってこんな感じなのねと深く考える事もせずに受け入れてしまった。  今思うと、ジョルジュに対する執着が侍女の範疇を超えていた。ジョルジュの妻であるはずの私の仕事を、横から奪い取っていかれた。  私だって結婚したばかりの頃は、まだ若くて少しは動けていた。だから夫が出掛ける時は、玄関に見送りに出たし帰って来たら出迎えていた。夫の服を選んだり、誕生日プレゼントを選んだり妻として当たり前のことをしているつもりだった。  ジョルジュから煙たがられているのは分かっていた。だけど、折角結婚したのだから妻として私なりに、楽しんでいた時期だってあったのだ。  それなのに、少し体調を崩して寝込んだり、ジョルジュの前で咳をしたりすると必ずと言っていい程マーサが私のところに来る。そして表面上は、私の体調を心配するような発言をして、妻としての仕事を失くしていった。 「奥様、体が弱いのにわざわざ玄関に出迎える必要はありません。私がしっかりと見送りも出迎えもいたします」  そう言われるたびに、私はどんどん自信を失くしていった。ただでさえ、夫に迷惑をかけないように生きていこうと思っていたから……。マーサを前に何も言えなかった。  本当だったら、夫の妻として、ブルックス家の当主として、一介の侍女如きに遠慮する必要なんて全くなかったのだ。だけど、私のすぐに諦めてしまう性格がそうしてしまった。  だから私は、マーサに憑依することにしたのだ。マーサの言うことなら、絶対に耳を傾ける。ジョルジュを上手く操るなら、マーサしかいないと思ったから。
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