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私は、湖の縁にしゃがんで水面を覗き込む。ポワンと一瞬淡く光ったかと思ったら、水面にエレーヌの様子が映し出された。
私は嬉しくなって、まじまじと見る。そしてとても驚く光景を目にした。
いつも美しく着飾って手入れのされた娘だったはずが、平民のような恰好をしてどこか寂しそうに屋敷の掃除をしていた。
え? 何でエレーヌが掃除なんてやっているの? しかも、どうしてあんなみすぼらしい格好なのかしら? 私は自分が見ている光景が信じられない。
私が亡くなってから、どれくらい経過しているのだろう? ここは、時間の感覚が全くないからわからない。
私は、エレーヌから目が離せなくなって、それからずっと湖の水面を長いこと覗き込んでいた。
どれくらい見ていたのか、自分では分からない。ただ一度、湖から顔を上げてその場から離れた。
自分が知った情報量の多さに、頭が付いてこない。私は、雲の上をあてどもなくフワフワとさまよい続けた。ずっと、湖でみたことを考えていた。
娘のエレーヌは、ジョルジュとその愛人によって日陰の身に追いやられていた。
私の屋敷だったはずのブルックス家は、愛人の天下となりジョルジュと愛人との間に生まれた娘が我が物顔で生活していた。
私が生きている時にも、ジョルジュに愛人がいることは知っていた。エレーヌ以外の子供もいるのだろうと思ってもいた。
でも私が、ジョルジュの望む女性じゃないとわかっていたから目をつぶった。そうして私自身を諦めて、仕方ないと見て見ぬ振りをした。
ジョルジュも私が生きていた時は、常識の範囲内で目立つ事はしていなかったから。
だから、私が死んでからもそれは変わらないだろうと思っていたのだ。
愛人や愛人の子供を、屋敷に招き入れる事はあるかも知れないとも思っていた。でも今まで、散々我慢させてしまったから私が死んだ後くらいは好きに生きたらいいと思っていた。
まさか、ブルックス家の正当な後継者であるエレーヌを蔑むなんて思ってもいなかった。目に見えてエレーヌを可愛がる父親ではなかった。でも、エレーヌはジョルジュの実の娘に変わりはない。どうして、あんな扱いができるの……。
エレーヌは、ブルックス家の屋敷で下働きのような事をさせられていた。しかもエレーヌの部屋は、愛人の娘の部屋になっている。エレーヌは、下働きと同じ屋根裏部屋に移動させられていた。
エレーヌの物全てを取り上げられ、誰に貰ったのか繕いだらけのヨレヨレのワンピースを着て働いていた。
綺麗だった手は荒れてあかぎれだらけになり、金髪でウェーブかかった美しかった髪は、パサパサで纏まりのないものに変わっていた。
「ああ、エレーヌ」
私は、顔を覆って声を出して泣いた。私が母親として至らなったばっかりに、何もしてこなかったばっかりに全て私の所為だ。
できるだけジョルジュに、迷惑にならないように生きてきたつもりだった。だから、娘の事くらいはきちんとしてくれると思っていた。そんな保証どこにもなかったのに……。今思うと、自分のことを諦めて卑屈になり過ぎていた。
母親として、エレーヌのためにしてこなければいけない事は沢山あったのだ。
どうして、優しさの欠片も向けてくれなかったジョルジュを、信じてしまったのだろう。
全部、全部、私の所為だ。
私は、生きていた頃に味わわなかった後悔に泣いた。
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