ファミレス

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 「いやー、すいません。呼んじゃって…」  高林が高校生と思えないくらい明るく、二人に気を回す言い方をしたので、鈴木も女性も驚いた。  「こちらが、鈴木さんです」と高林は女性に対面に座る不機嫌そうな男性を紹介した。鈴木はちょこんと会釈した。  そして、「あ、あのさ、お、俺はまたさ、皿洗い、あ、あるんだけど…」  「ははは、分かってますよ。少しだけ付き合ってくださいよ?」  高林が、鈴木をその場に押さえ込むように言う。  そして、今度は鈴木に、女性を紹介した。  「こちらは、上島さんです」  紹介された上島という、その女性は戸惑いを隠せない顔のまま、鈴木に会釈を返した。  「た、高林くん、これは?」  「あー、俺が地下噴水の前で見ていたお二人なんで、呼んでみたんです。お互いに知ってます?」  「…噴水?」「噴水?」  鈴木と上島は顔を見合わせた。  二人はマスクをしているが、高林はしていない。  最近、再び新型コロナが流行しだし、『第9波』と騒がれだしたが、ファミレスの店内では彼のようにマスク無しで談笑する人間が多くいた。  事前には聞いてはいたが、互いに、こんなに真正面から相手を見るとは、思っていなかった。  高林がスーパーで上島に接触した後、彼女から連絡が来た。差し入れたメモのアドレスに彼女から「迷惑なんで…」と拒絶するメールが来た。  高林はそれには応じず、『明日、モール街のファミレス、来れます?』と送り、さらに『ご都合の良い時間は?』と一方的に送った。  無視されるのを覚悟していたが、意外にも上島は食いついてきた。  そして、彼女は午後4時のファミレスに来た。  先に高林と鈴木が出口付近の席にいた。上島が入店すると、高林は嬉しそうに軽く手を上げて自分らの存在を示した。  二人ともまだ注文をしていなかった。  鈴木という男が一番年長らしく、「…す、好きなも、もの、どうぞ、ぞ…」と注文を促した。食事代を奢る気らしい。上島からしたら嬉しいが、いきなり見ず知らずの人間に奢られるわけにもいかず、「…あ、結構ですよ」と小さく言った。  その声と同時に、高林が「そんな、いいんすか? 前、缶コーヒー、くれたじゃないっすか!」と鈴木に言った。  二人は以前からの知り合いなのか。  上島は少し身構えた。そして、「ドリンクバーにします?」と尋ねてきた高林を制して、野菜ジュースを注文した。これを飲んだら帰ろうと思った。    お互いに挨拶を済ませると、もう話せない事がなかった。  「…」  「…」  無言にならざるを得ない。  「…」  何故か、誘った高林も無言だった。  「…あ、あのさ」  鈴木が溜まらず、口を開いた。  「…な、何で、集めたの、の?」とドリンクバーから注いできた炭酸を飲もうとしていた高林の動きが止まった。  「お二人、あの噴水見ていたしょ?」  「…」  「…」  鈴木と上島は頷いた。その思い出は互いにある。だが、面識はない。  「お、俺は、き、君はなんとなく、く、覚えて、い、いるけど、…この方は」  確かに鈴木は上島の事を把握はしていない。  だが、上島の方は覚えていた。  「…ご、ごめんなさい。私は何となく覚えてます。私があそこを通ると、噴水、よく眺めてますよね?」  上島は鈴木と面識はなかったが、存在は把握していた。こうして対面するとは思ってなかったが。  「…あ、あー、そ、そうなんですか、か? は、恥ずかしいな。な何となく、あ、あそこのふ、噴水、みちゃうんですよね、ね…」  上島は、鈴木という男の口調に吃りがあることが気になった。飲酒しているのか、呂律があやしい。先ほど「皿洗い」と言っていたが、何の仕事をしているのか。上島は鈴木の素性が知りたかった。  高林はメールのやり取りで、本当にあの噴水の前でたまたま見掛けただけらしい、と分かった。それでも話しかけてこうしてファミレスで話し合わせるのは凄いが。  「…あ、あの、どうでも良い話ですけど、何でよくあそこにいるんですか? お仕事は何を?」  それは鈴木からすると、一番聞かれたくない話だった。  だが、どうしてそうしていたのかを一通り話さないと、理解してもらえないだろう。  鈴木は口元のマスクを少しズラし、鼻を出した。こうしないと長い会話が苦しいのだ。  鈴木は自分の状況を語り出した。
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