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「あ、あー、俺、ね、年金事務所に、つ、勤めて、て、いたんだよ、よ…」
「年金、事務所?」
高林が小首をひねった。彼の歳では関わりが無いだろう。
「昔の…、社会保険庁ですよね?」
高林より年上の上島は分かったようだ。母親の年金の関係で訪れた事があったのだ。
「えっ? 鈴木さんって、公務員だったんすか?」
“庁”と聞いて、高林はそう思ったようだ。
驚きの中に、何故か喜悦が交じっている。
「ち、違うよ。お、俺は民間からのさ、採用組、つ、つまり、中途入社だ、だよ。その時に、民営化、か、されたから、こ、公務員じ、じゃないよ。…病気で、で、や、辞めちまったけどね、ね」
「…そうなんですか?」
「…そうなんですね」
二人は鈴木が年金に詳しい理由を理解した。それでも高林は興味深そうだった。
鈴木は続けた。
「あそこに、に、はそうしたこ、公共のほ、補助金と、とかの問い合わせが、くるんだ、だよ。お、俺は、警察とかに年金支給の、の、データを、て、提供したりする担当でね、ね。他にじ、児童扶養手当とか、医療関係の補助金を、を、出す時には、は、その世帯の公的補助って、てやつを調べる、るんだよ。…だから、児童扶養はし、詳しくは、し、知らないけど、も、もらえるんじゃ、ないですか、か? い、1度、聞いてみた、方が、が、良いかもしれませんよ、よ。期待出来ないけど、ど」
「…」
上島は迷いながら、頷いた。確かに年金事務所には相談したことはなかった。してみるのも良いが、もし貰えるならば、以前に何かしらの通知などがあったはずだ。だが、なかったと思えた。
「鈴木さん、そんなに年金とか詳しいなら、もう再就職したらどうなんです?」
高林がまた尋ねる。
鈴木は片手をヒラヒラと振って見せた。
「だら、ダメだね、ね、こんなく、口じゃ。ね、年金事務所ってところは、『いろんな人と対面で話す』って、て、のが仕事でね、ね。…俺みたいな、こ、こんな声じゃ…」
「…そんなに悪くないですよ。今も十分わかりますよ」
そう言ったのは、上島だった。
鈴木はまた片手を振った。
「ね、年金事務所に来る、ひ、人や電話がよくか、掛かってく、くるんだよ。…そ、そんな時に、に、こんな口調の奴がた、対応したら、どう思う、う?」
「…」
「…」
「あ、頭に来るだ、だろ? 俺が、は、入った、た、時も、さ、『年金記録』の時でさ。…その時はまだ病気出てなかったけど、よ、よく電話口で、で、怒鳴られ、れ、たよ。ま、参ったね、あれには。まだ入社し、して、一週間もた、経って、な、ないのに、「どうなってんだ!」って言われてもね。た、ただ謝るしかな、なくてさ。い、今ではわ、笑っちまうけどね…」
鈴木は苦笑いした。それはそうもう過ぎた話だった。
高林は何故か、興味があるようだった。
「…でも、それなら向こうから『戻ってこいよ』みたいな事、言われたりしなかったですか?」
「あ、あ、似たようなは、話はされたけど、あんまり、いく気にな、なれなかったな、なあ」
「…そんなに仕事、キツかったんすか?」
「いや、し、仕事は確かに忙しかったけ、けど、文句は、な、無かったよ。で、電話で怒鳴られるのも、も別に構わなかったな。みんな、お金のこ、事になれば、ば、そりゃし、真剣にな、なるからね、ね…」
高林も上島も頷いた。それは互いに身に沁みて分かっていた。
「お、俺のは、馬鹿なぷ、プライドだよ…」
「プライド?」
高林がまた不思議そうな顔をした。
「あ、そ、そうだ。『ここじゃなくても、働けるぞ、俺』っていう、馬鹿な、ぷ、プライド。…で、気が付けば、ば、こ、こんな感じだよ。貧乏で、ふ、ファミレスで、ち、注文も出来ない、いような、な」
三人とも、もう一時間はドリンク以外の注文をしていなかった。
「…今までい、いろんなところで、で、働いてきたけど、別に、さ、サボったたり、て、手を抜いたこ、ことは無いよ。い、いつもし、真剣だ。あの工場の正社員にな、なれた時も、もね。…だけど、し、仕事に付いてい、いけなくてね。も
文句ばかりい、言われた、たな。ぜ、全部俺が悪いか、から文句はい、言えないよ。…まあ、あ、あの工場の連中に、も、文句のひ、一つもい、言っていたらなあ」
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