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高林は続けた。
「なら、ほら、あれどうっすか?」
「あ、あれ?」
「ほら、テレビでやっているじゃないっすか? “ナントカリーチ”って?」
高林はそう言いなから、人差し指を立てて笑った。
鈴木も笑った。
「…俺、そ、それとっくに登録しようと、としたさ。…だ、ダメだったよ」
「ダメ?」
「向こうから『登録できません』ってさ。お、お、俺みたいな40越えて、ろ、ロクにせ、正社員し、していた事な、ない奴は、“仲間”にも、い、入れても、貰えないんだよ、よ…」
「…そうなんすか?」
高林は返す言葉が見付からなかった。
「鈴木さん、お身体がまだ…」
上島が心配そうに訊いた。鈴木は、その質問を今まで散々されていた。
「…か、身体におかしなところは、な、無いよ。再発も無い。ま、おじさんだから、少し、疲れやすいかな(笑)、でも、他の、ば、バイトや日雇いであそこまで怒られるような事、なかったなあ(笑)」
鈴木は笑っていたが、二人には痛々しかった。
三人の間に変な空気が流れた。
「き、君はどうして、僕らに、に、声かけたの?」
鈴木が改めて、高林に尋ねてみた。
「…僕も先月くらいは、なかなか大変で…。『どうしよう…』とか『バスケ部、また遣りてぇ』とか思っていたんすよ。でもお父さん、帰ってこないし、ばあちゃん、俺が看ていてやらないと、危ないんで。でも金無くて。学校の先生や区役所の人にお願いしても、すぐにはどうにもなんなくて…。そんな時にあの噴水の前を何回か通ったりしたら、二人とも…なんというか、絶望的というか、『ヤバそう』っていうか、そんな顔でボッーとあそこの水を見ていたので、気になっていたんです」
「私、そんな酷い顔していた?」
上島は少し心外だった。確かに疲れてはいたが
、そこまで絶望的ではなかった。
しかし思った。
(…将来に良い想像が出来ないのは、絶望かな?)
「…そ、それで、あのスーパーで声、かけたの、の?」
鈴木がさらに突っ込んだ。
高林は慌てた。
「あそこで声をかけたのは、偶然です。お二人とも『ここ使うんだ』って思って。思い切って声かけたんです」
「で、な、何を?」
上島も突っ込んだ。高林はまた慌てた。
「実は僕、最近、少し楽になったんすよ。その先生や区役所の人のおかげで…。その時思ったんですよ『…誰かに話したら、少しは良くなるなあ』って。…今も、少し良くなりそうでしょ?」
「…」
「…」
鈴木も上島も安易に頷けない。確かに自身の苦境を誰かに話したら、気持ちは楽になる。打開策も無くはない。
しかし、まだ救われたわけではない。
社会というのは難しい。
気持ちが救われても、“救われがたい”ものがいつも残ってしまう。
「ま、話しただけでも、良かったでしょ?」
高林が二人の気持ちを察してか、良くまとめた。
「お、親父さん、い、家、戻ってこ、こないの?」
鈴木が気になった事を尋ねた。
「たまに来るですけど、お父さん、忙しらしくて、あんまり…」
「し、仕事で?」
「だと思います。詳しくは知らないっすけど…」
高林の口調には父親を恨む雰囲気が無い。
それが鈴木には不思議だった。細かな事情はわからないが、彼の苦境はその父が負わなくてはならない事ではないのか。
なのに、何故か高林は父親への恨み言を口にしない。
鈴木ならば、ボロクソに罵っているだろう。
「お、親父さんの仕事、い、忙しいの、の?」
「…たぶん」
「…何のし、仕事、してんの?」
「…どっかの工場みたいですけど。…どこかは」
「…そ、そうなの? おばあちゃんの世話、た、大変じゃな、ないの?」
「大変でしたけど、もう大丈夫っす。施設、入れるみたいで。そのお金もどうにかなりそうっす」
「そうな、なの?」
「ま、人生、どうにかなるみたいですね」
年若い高林がそう言うのは少し奇妙だったが、間違っていない部分もあった。
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