三人

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 そんな男と噴水を見つめる女性が、男から数メートル左にいた。  彼女の気分もまた落ち込んでいた。  今、勤めていた百貨店のパートを解雇されたのだ。  (…)  何とも言えない気持ちで、地下道を通り、噴水の横を通ろうとした。  ここを右に曲がり、バスターミナルに向かうのが、いつもの帰宅路である。   (…明日からどうしよう?)  彼女は激しく動揺していた。  3ヶ月の研修期間が終わり、パートとして正式に採用されると思い込んでいた。  この期間、彼女は大きな失態はしていなかった。  たが、今言い渡されたのは、「…申し訳ないけど、ウチでは…」といった解雇の言葉だった。  彼女は『何ですか?』が聞けなかった。思い当たる理由はなかったが、その“なかった”のがショックだったからだ。  「…そうですか」と受け入れてしまった。  そして、帰り道を急いでいた。  シングルマザーの彼女に、6歳の男の子がいて、そろそろ小学校から帰宅する時間だ。自宅には彼女の母親がいるが、早く帰らないといけない。  だが、噴水の前で足が止まった。  (明日からどうしよう?)  今クビになった百貨店のパートは、求人誌で見つけ、どうにか受かったバイト先だった。  また求人誌やサイトを睨む日々になるのか、と思うと暗くなった。  貯金もない。  “新型コロナ”が収まり、多少働き口があると思うが、未来は未定だ。  明るい気持ちなど微塵もなかった。  物価高は収まらない。  ガソリン代は高騰し続けている。  彼女もまた泣き叫びたかった。  彼女も行き詰まっていた。  その少年もまた泣き叫びたくなる気持ちのまま、噴水の前に来ていた。  頭の中には、自宅で寝ているはずの祖母のことで一杯だった。そろそろ目を覚ますかもしれない。  早く帰らないといけない。  少年の両親が離婚したのは、彼が小学校六年の夏だった。  父に愛想を尽かした母は何も言わず出ていった。  父は近所の工場に勤めていたが、少年が中学生になると出勤しなくなり、高校生になると、自宅にも帰ってこなくなった。  家には、彼と認知症の祖母が残された。  その事情を、学校の担任教師に話すと、市役所からケースワーカーが来訪し、行方の分からない父を探す事を告げた。  そして、少年に“生活保護”の必要性を説いたが、高校生の彼は一応、父が保護者であり、その承徳が必要になり、現時点では給付が難しいことも合わせて告げた。  なので、祖母の介護認定の取得を促した。それが取得できたら、多少の補助金が手に入る。  すぐに申請したが、振り込みには時間がかかるようだった。  そして、今は認知症の祖母の年金だけが、彼らの生活の糧になった。  少年は高校に通いつつ、アルバイトを始めた。  初めは近所のハンバーグの有名なレストランの厨房で皿洗いをしていたが、バイトに入れる日が飛び飛びになり、稼げないので、別に居酒屋のアルバイトも始めた。  そうしないと祖母の介護費用が捻出できなかったからだ。  彼は今年の一学期の始めにバスケ部を退部した。  父の行方は分からず、すでに三ヶ月が過ぎていた。  少年は自分のような若者を『ヤングケアラー』という事を知らなかった。  ただ、認知症で動けない祖母の手当をするしかないので、しているだけだった。  父は自宅に金を置いていかなかった。  三ヶ月前にみた貯金通帳には十万円余りの残金しかなく、それはすでに祖母の介護費に消えた。    彼は不思議と消えた父を恨まずにいた。  以前から、家庭の事を省みない親であり、それが普通だと思っていたからだ。  今日は、バイトが深夜なので、街中の激安スーパーに買い出しに来ていた。  近道として、噴水の前に来ていた。  そして、思っていた。  (…俺、このままどうなるの?)     年若い彼にも、この生活の破綻は見えている。  生活保護や祖母の介護認定が通ったとして、数年後の自分はどうすれば良いのだろうか。  父は居ない。  祖母も亡くなるだろう。  一人になった自分は、どうするのだろう。  それを想像ができなかった。  考えてみると、どうにもなりそうもなかった。  誰も自分の未来にはいなかった。  何だか、泣き叫びそうになって、噴水の前で足を止めたのだった。  (俺は何で、こんなに“大変”なんだよ…)
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