三人

6/6
前へ
/16ページ
次へ
 少年は嬉しい気持ちで、噴水の前を横切ろうとしていた。  本日、学校で以前所属していた部活への復帰が認められた。  というのも、生活保護の申請が通り、さらに祖母の介護認定も決まり、支援が開始される事になったからだ。祖母はその状況から介護施設への移動が必要なようだが、その費用や段取りはケアワーカーや支援施設の方々が手伝ってくれるようで、少年の手から離れた形になっていくらしい。  父親は以前不明で、祖母と離れるのは少し寂しかったが、それよりも『未来への不安』が無くなったのが、少年の気持ちを軽くしていた。  とりあえず、だ。  とりあえず、“普通の高校生”に戻れそうだった。  さらに、だ。  ケアワーカーは少年にスマートフォンの所持を薦めてきた。連絡を取りやすくする為である。  世の中には『格安スマホ』があり、少年の僅かな所得で手にする事は難しくないらしい。  少年は今まで携帯電話を手にしたことがなかった。  同級生は皆、持っていた。  これまで、少年にそんな余裕はなかった。  それが持てるのだ。  その事を昨日、バイトの先輩に話すと、早速連絡をくれた。短いやり取りだったが嬉しかった。   少年の足取りは軽かった。    それでも夕飯の準備はしなくてはならない。  彼は、いつものスーパーへ、向かう途中だった。  そこでまた、“あの二人”を見つけてしまった。  男は鈍い表情で噴水を眺め、それを、今日は、大きく膨らんだ買い物袋を下げた女性が見つめていた。  二人とも、この前と雰囲気が違った。  暗いというか、沈んでいるというか、快活さが見受けられない。男は漫然と流れていく水を見て、女性はその男性の姿と噴水を比べて見ていた。  (どうしたの、この人たち?)  全くの他人であるが、そう思ってしまった。  二週間見ない間に雰囲気が一変している。  やがて、男が動き出した。  噴水のある地下から奥のエレベーターの方に向かおうとして、彼を見つめていた女性の側を通った。  その女性が見つめていた事など知らず、また見向きもしなかった。  女性は男が動き出すと、自身も何かに気付いたようにその場を離れ、少年の方に向かってきた。バスターミナルへ向かうようだ。  少年を左に避け、うつむきがちに歩き去って行った。  時間にして数分のようだった。  その男性がいつから噴水を眺めていたのか、分からないが、おそらくそんなに長くはないはずだ。  また女性の方も買い物帰りらしく、長く男を見ていたわけでもない。少年も数分しか、その状況を捉えていなかった。  不自然に立ち止まる大人二人が、少年には不自然に思えたのだ。  これで通算3回目だ。  大人は噴水を見上げたくなり、それを見つめる人もまた見つめたくなるのか。  分からなかった。  だが、少年もまた数日まえは、そこで噴水を見たくて立ち止まっていた。  不安で張り裂けそうな気持ちで、激安スーパーに向かう途中にこの噴水の前で止まった。  水の音は人の気持ちに触れるのか。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加