激安スーパー

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 「僕、高林って言います…」  少年は自己紹介をした。  そして、何で話しかけのか、その理由を述べた。  「…何で、いつもあの噴水、見つめているんですか?」  「…な、何でって、て」  やはり男の声には奇妙な吃りがあった。『吃音症』というやつかもしれない。高林少年はそれを知っていた。  男はそう尋ねられて、自分が初めて噴水を長く見つめていた事に気が付いた。  理由などない。  ただどうしようもならない現実を悲観したり、上向いたら、通りかかったあそこをただ何となく眺めていただけである。  それをこんな20才以上年下の高校生に話しても、仕方ない。  「あの女性は、知り合いですか?」  「じ、女性? し、知り合い、い?」  男は知らなかった。自身の隣にいつも似たような雰囲気の女性がいたことを。  高林に指摘され、初めて気付いた。  (…そう言えば、さっき?)  噴水前から歩き出した際、ぶつかりそうな若い女がいた。彼女の事か。もちろん知らない。  男は改めて、その女性を知らない事を述べ、「鈴木」と名前を名乗った。  そして、「び、病気で、ね。少し口がふ、不自由なな、んだ」と言った。  鈴木は十年ほど前に脳の手術をして、それから言葉が不自由だった。前の工場で他の社員らにバカにされていたのは、このもどかしい言葉のせいかもしれなかった。  だが、それは鈴木の一方的な見解だ。  そして、鈴木の言葉に時折「え?」と聞き返す高林に、その理由を話して置くべきだと思っていた。  「…そうなんすか?」  高林には同情と憐憫の念が見えた。  (…ま、そうなるよな?)と鈴木は思った。この十年、彼が幾度となくみたリアクションだ。  鈴木の症状や病歴を語ると、皆一様にそうした態度を見せる。そして、離れていく。関わろうとしない。  可哀想。大変そう。ご苦労してますね。  皆、そう言いながら、鈴木を避けた。  そして、結局は小馬鹿にした。  鈴木は改めて高林に自身の状況を話した。別に面白い話ではない。だが、同情の色を見せたら、高林が自分から離れると思ったからだ。  同情は“免罪符”だ。  「可哀想」だが「何もしてあげられません」となる。だから同情する。それで自分を満足させている。  『こちらには入って来ないで欲しい』と遠回しに言っているのだ。  そして、1度でも加わったら、差別し、もう“コキ使い”、最後には『嫌なら出ていけ』となる。  それを嫌がったり、反抗すれば、途端に“排除”に動く。  『お前は甘い』と罵る。  殴りたくなる衝動を何度も堪え、耐えに耐えていたのか、先月までの鈴木だった。  それを繰り返し味わってきた鈴木は、高林というこの高校生も同じだと思っていた。  「お、俺、し、仕事ある、か、から…」  「え? 仕事?」  「あ、あー、ひ、日雇いだ、だよ。近くのハンバーグの有名なレストランで、で、皿洗いの、の日雇い、仕事、と…」  「え!」  「今、そ、それで、な、何とかし、凌いでんだよ、よ…」  鈴木は鈍く笑った。  驚いた顔の高林がもう話しかけて来ないと確信したからだ。  だが、高林の驚きは違っていた。  鈴木の言っていた『ハンバーグの有名なレストラン』は店こそ違うが高林も皿洗いのバイトをしていたからだ。  まさか、二人に共通項があるとは思わなかった。  高林は足早に立ち去ろうとしていた鈴木を呼び止め、携帯電話の番号をきいた。  鈴木はかなり戸惑いながら、教えてくれた。「は、話すこと、な、なんて、な、ないと思うけ、けどさー」と何故か尋ねられた鈴木の方が言った。  一週間後、少年はスマホを得た。  未成年には保護者の同意が必要だが、それはケアワーカーが受け持ってくれた。  安い物だったが、少年は嬉しかった。  生活保護費や、祖母の介護認定、そして介護施設への移動は順調そうだった。  問題は父親の行方だが、ケアワーカーは幾度か連絡を付けているらしい。  しかし、父親は自宅には現れない。口実を付けて“逃げている”ようだった。  しかし、少年はどうとも思わなかった。  父が姿を見せなくなって、もう数年間。そんな感じであり、たまに来ては少ないお金を渡したり、逆に持っていったりするだけだった。  まるで“風”のような父親だった。  少年はそれよりも、もうすぐ始まる独り暮らしを想像していた。  掛け持ちしていたバイトは一つだけ辞めた。居酒屋の方だけである。レストランの皿洗いは週に2日ほどだが、まだ出勤していた。  あの鈴木という口の不自由な男性が、違う系列店で働いているからだった。
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