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高林は手にしたスマホをカバンに入れ、その日もまた激安スーパーに行った。
彼の状況は明るくなったが、週に一回のこの買い出しはまだしなくてはならない。
祖母は自宅にいて、ケアワーカーが手配してくれたホームヘルパーが介助してくれている。早く買い物を済ませ、帰宅しないといけない。
そこは、少し前と変わらない。
スーパーに入り、牛肉を買おうとすると、そこに見覚えのある顔があった。
(あっ、噴水の…)
あの噴水で鈴木を見つめていた女性だった。
難しい顔で、牛乳パックの列を見ている。悩んでいるらしい。
ここの牛乳は、他店に比べると随分安い。高林はいつも178円の一番安いパックを購入していた。
女性はそのパックと隣の228円の『お買い得品』とで悩み抜いているようだった。
高林は女性の横から178円の方のパックを手にした。
女性はまだ悩んでいた。
高林はいつもの通り、トイレットペーパーを手にし、3食入りで135円の焼きそばパックもカゴに入れ、さらにサバの缶詰2つもカゴに入れた。
今年は海水温の上昇でサンマが不漁らしい。代わりにサバが豊漁だとニュースで聞いた。
高林は主婦でもないのに、そういう食卓のニュースが耳に入るようになってしまっていた。
そこからさらに数品目をカゴに入れた後、高林はレジに並んだ。
前にいたのは、あの女性だった。
また偶然である。
偶然もこう重なると、やはり気になってしまう。
高林は女性に気付かれないように背後から彼女のカゴの中を覗いた。格安の冷凍餃子や惣菜の中に178円の牛乳パックが入っていた。
サッカー台で支払いの終わった品をトートバッグに突っ込んでいる女性に、その後からレジを済ませた高林が話しかけた。
「牛乳、安いっすよね…」
女性がギョッとして高林の方を見た。この前の鈴木と同じだった。
「僕も、それ、買ったんですよ」
「…」
いきなり年若い男性、しかも学生服の高校生に話しかけられ、女性は言葉を失っていた。
「…あの、あなた、よく駅の地下噴水のところにいませんか?」
「はあ?」
女性は小首を傾げた。(…ナンパ?)と
思ったようだ。
高林はそれを否定しなければならなかった。
「あー、俺もあそこによく居るんすよ。『何か見覚えのある顔たなー』って…」
「…は、はあ。たまに」
女性は警戒を解かない。
「あそこで、男の人、いません?」
高林は鈴木の事を出した。
「あー、…いますねぇ」と女性は思わず応えてしまった。確かに見たことがある。呆然と流れる噴水の水を眺めていた。
「俺、高林って言います」
「…」
女性は彼の足元から顔までを眺めた。
「…あの、何か?」
そう尋ねるしかない。高校生がパート帰りのシングルマザーに何の用なのか。
「…今、忙しいですか?」
「はあ?」
「俺、あの男の人、知り合いなんすよ?」
「はあ?」
全く話が見えない。女性は買い込んだ物を詰めたトートバッグのヒモをまとめ始めた。
「ごめんなさいね。…私、忙しいから」
そそくさと去ろうとした。彼女からしたら意味が分からない。
高林は慌ててた。
「あの、これ、俺のアドレスっす」
「えっ、いきなり?」
「あっ、別に変な意味はないっす。気が向いたら連絡くれます? 俺からするかも?」
女性は完全に高林を“危険”と判断したようだ。「私は、そういうのは…」と高林の渡してきたメモを受け取らず、振り返り立ち去ろうとした。
その後ろから、高林はトートバッグの端にメモを差し入れた。
女性は見ていない。
彼女は痴漢にでも遭遇したように足早にスーパーから離れ、地上に向かう自動ドアから去っていった。
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