月夜の異文化コミュニケーション

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 それは月の綺麗な晩だった。  深夜の一時すぎ。  都心からほど近い住宅街を、クリーム色のトレンチコートを着て、マスクで顔を覆った髪の長い女性が一人歩いていた。  駅前の歓楽街ならともかく、最終電車も無くなり三十分も経てば、この辺りの住宅街ではすっかり人気(ひとけ)が無くなる。  女性は人の気配を探してしばらく夜の住宅街を彷徨(さまよ)っていたが、結局誰とも行き会えなかった。  確かに駅前まで行けば人はいるが、そこだと目立ちすぎて都合が悪いのだ。  あくまで少ない人数で歩いている人を狙わないと。  ――煮物の灰汁(あく)取りに夢中になってつい家を出るのが遅れてしまった。なんで今日に限って煮物が食べたいとか思っちゃったかなぁ……。  女性は後悔しつつも根気良く住宅街を歩いた。  そしてようやく、電信柱の影で何やら話している二人組の小さな人影を見つけたのだ。  女性は嬉々として二人組に近寄った。  気配を感じて振り返る二人組に対し意気揚々とマスクを外すと、女性は満を持して定番のセリフを言った。 「わたし綺麗?」  耳元まで裂けた口。そう。女性は口裂け女だったのだ――。  だが、電信柱に隠れるように立つ二人組は女の方に振り返ってはいるものの、全く反応しない。 「えっと……。わたし、わたし。口裂け女。どう? 綺麗かい?」   女が気を強く持ちつつ、自分を指差しながら再度二人組に話し掛けたとき、ちょうど頭上に来ていた雲が流れ、地上を綺麗な満月の光が照らした。  電信柱の影の二人組の姿が月光を浴び、はっきり見えるようになる。  一メートル半くらいの小さな灰色の身体。綺麗な禿げ頭に大きく真っ黒な目。  そこにいたのは――地球外生命体(グレイ)だった。  口裂け女の動きが止まる。 「参ったね。外人さんか。あー、あいむ口裂け女ぁー。あんだすたーん? 口がー裂けてまーす。るっくるっくるっく! 怖いかーい?」  グレイが二人揃って顔を見合わせつつ、首を軽く捻っている。  通じてないらしい。  代わりにグレイが何やら早口で口裂け女に話し掛けた。  だが、喋りの速さと複雑な発音とで、何を喋っているのか、口裂け女にはサッパリ分からない。 「待った、待った、待った! あいきゃんすぴーくいんぐりっしゅ、あ、りとぉー。こちらー、日本語しか喋れませーん。あ、そうか。駅の場所でも聞いてるのかしら。ここらの人じゃないっぽいし。あー、駅はむこー。まっつぐ行って左ぃー。おーけー?」  何となく理解したのか、グレイは二人して、口裂け女の指差した方向へ歩いて消えて行った。 「やっぱり英語は難しいねぇ。国際化社会の時代だし、あたしもそろそろ駅前留学とかしなきゃ駄目かしら」  口裂け女はグレイとの会話ですっかり疲れ切ってしまったのか、今日は脅かすのを止めて早々に六畳一間の自分のアパートに帰ったのであった。  翌朝。  口裂け女が自室でTVのローカルニュースを見ていると、妙なニュースが流れていた。 『昨夜、栄新町五丁目近辺で、外飼いの犬が四匹ほど、内臓が抜かれた状態で死んでいるところを発見されました。おそらく、キャトルミューティレーションという現象かと思われます』 『怖いですねぇ。夜道を歩くときは、皆さん、充分にお気を付けください。さて、次は日成大学サッカー部問題です』  ニュースを見ながら朝ごはんとして卵かけご飯を掻っ込んでいた口裂け女がドン引きの表情で(つぶや)く。 「内臓をねぇ……。モツだハツだホルモンだ言うくらいだから、やっぱあれかね、犬、食べちゃったのかね。まぁそれも文化だから安易に否定するのもどうかと思うけど、他所(よそ)の家の犬を食べるのはちょっとねぇ……。そうだ、昨日の人たち! 夜の道端で犬を捌くような危険な人たちと出くわさなかったかしら。無事だったならいいけど……」  昨夜、月明かりの下で遭遇したグレイたちがキャトルミューティレーションの犯人であることをつゆ知らず、口裂け女は柴漬けをポリポリ食べながら、グレイたちのことを密かに心配したのであった。 END
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