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空へ
さらに強い風が吹き付け、蒼子の身体は灰のように粉々になって、夜空に舞い上がった。
不思議と気持ちにエネルギーが満ちてくるのを感じながら、粉々になった蒼子は、遥か下にいる紅子を振り返った。
紅子はもはや少女ではなかった。
初老のふくよかな女性で、紅子の隣には彼女の夫が、そしてふたりの息子たちが、息子たちの伴侶と、紅子にとっての孫までも、きらきらした瞳で空を見上げていた。
「ああ。よかったね、紅子。」
蒼子は瞳を閉じた。満ち足りた感情が、蒼子を包んだ。こんなに幸福だったことは、未だかつてなかった。
ハレー彗星は、立派な尾をきらめかせ、暗い夜空を照らしていく。
もう怖くない。もう不安じゃない。
蒼子は悠久の時のなかに、名を残すことなく、生きた軌跡を残すことなく、消えていくのだ。
〈おしまい〉
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