第1話

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第1話

 秋。  涼やかな風が心地よく吹き、南にそびえるグベール山脈では木々は色づき、鹿たちに恋の季節がやってくる。  そしてここ、デュラン王国首都パレシアにも恋に悩む男がいた。 「はあ……」 「どうした?ノクス。悩ましいため息なんてついて」  デュラン王国王太子のベルナール・ロワ・メドヴェデットが目の前の悩まし気な男ノクス・ヴァレンシュタインに声をかける。  ノクスは肌が雪のように白く、赤い髪ひもで纏められた絹糸のような金髪がよく映えていた。アイスブルーの切れ長の目に薄い唇、すっと筋の通った鼻が完璧なバランスで配置されており、少し冷たい印象はあるが芸術品のように涼やかな美しい男だ。  ベルナールはこの美しい後輩を学生時代から気に入っており、卒業した後もこうやって自室に招いてはチェスをしたり、お茶を飲んだりして二人の時間を楽しんでいた。  今日は久しぶりに二人の休みが合い、城の自室でチェスを楽しんでいたのだが、目の前の男は気もそぞろで、どこかぼんやりとしている。  春にノクスが騎士団に入団してからというもの、なかなか休みが合わず、数か月ぶりに会ったというのにこの様子で、兄貴分のベルナールとしては少々面白くない。  不機嫌に眉を顰めるとその様子に気づいたノクスが慌てて頭を下げる。 「ああ、すみません。せっかくのベルナール様との時間にため息などついてしまって」 「いや、気にするな。それよりお前ほどの者を悩ます案件の方がよっぽど興味があるな」 「いえ、ベルナール様のお耳汚しするほどの事ではありません」    にやにやと面白そうに笑うベルナールにノクスがクールに答える。  この先輩は自分をからかって楽しんでいる節があるから油断ならない。      デュラン騎士団士官候補生ノクス・バレンシュタインは悩んでいた。    その悩みとは1か月ほど前から付き合い始めた、初めての恋人リカルドについてだ。  4年近くも片思いしていた相手と結ばれて、毎日ふわふわと宙に浮いているような気分だったが、何せ初めての恋人なのでどう接するのが正解なのかノクスには分からなかった。  リカルドは思った以上にスキンシップが好きで、付き合いだしてからというもの、ノクスにくっつきたがるし、キスしたがるし、隙を見せるとすぐセックスになだれ込もうとする。  今まで付き合ってきた女性たちとも同じように接していたのかと思うと腹立たしいが、今は自分だけだと思えば多少は気が収まった。    求められること自体は嬉しいのだが、さすがに一気にやられると許容量を超えてしまって、最近はリカルドの事ばかり考えてしまい仕事にも支障が出ている。  頭を冷やすために少し距離を置こうとしても独身寮の同室なので離れることもできない。   「セックスは週何回が最適解なのか?」などと一国の王太子であり尊敬する先輩のベルナールに聞ける訳がなかった。  もっともベルナールはその美貌から、学生時代も男女問わず色恋沙汰の噂は絶えなかったが、賢い人なのでトラブルを起こすこともなく、恋愛を楽しんでいるように見えた。  きっとノクスよりこの手の話に詳しいだろうが、一度相談したら最後、ベルナールが飽きるまでからかわれ続けることは容易に想像できる。   「ふうん、相変わらずガードが堅いな。では、私があててやろう」    口を割らなさそうなノクスの様子を見て、ベルナールはにやりと唇の端を上げると、すらりとした指でノクスを指さす。   「ズバリ色恋だな」 「…………違います」 「いや、その様子は図星だろう。何より、以前から美しかったが今はそれに加えて艶のような色気を感じる」  まじまじとベルナールに見つめられてノクスはドキリとなる。  自分を美しいというこの男の方が自分よりも数倍美しい。スピルツァー大陸一の美女と絶賛された王妃似の柔らかなウェーブのかかった金髪に、長いまつ毛に縁どられたエメラルドの瞳は優し気で、すべてを包み込むような微笑みをたたえた桃色の唇は花のように華やかで、見るものを虜にする魅力を持っていた。  この女神のような優しげな目に見つめられるとすべてを話してしまいそうになるが、ノクスはそれをぐっとこらえて心の内を読まれないように無表情の仮面をつける。   「申し訳ありません。本当につまらない事ですので……」 「ふん、どうしても口を割らない気だな?」 頑なに口を割ろうとしないノクスにベルナールは鼻を鳴らすとチェスの駒を取り、それを突きつける。   「じゃあ私と賭けをしよう。私がこのゲームで勝ったら素直に白状する事。いいな?」 「それは……今ベルナール様の方が優勢ではありませんか。ここで賭けを持ち出すのはアンフェアでは?」 「なあに、お前が勝てばいい事ではないか。よし、じゃあ続きをやるぞ」  そういうとベルナールは楽しそうに駒を盤に置き、さらにノクスを追い詰めていく。  それからのノクスは必死に盤面を読み、1時間後、何とか白状することを免れたのだった。
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