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「今日はふたりとも手伝いにきてくれてありがと。ほんとに助かったよ」
俺はいつもより声を張り上げて言った。すると藍汰はさっきまでの態度と打って変わって顔つきが変わる。
「そういや展示会、成澤さんも見に行ったんすか?」
「え? もちろん鑑賞しましたよ。あと票も入れました」
「そうだったんだ! ありがと成澤」
俺が嬉しそうに話すと、藍汰は隣で微笑んでいた。
——よかった……いつもの藍汰の表情だ。
「着きましたよー」
俺の絵画をアトリエに運びながらふたたび展示会の話になった。
「展示会の投票数って出展者もわかるんですか?」
「うん、あとで知ることできたよ。さっき搬出するときスタッフから教えてもらったんだ」
成澤が「へえ」と唸りながら蒼の絵画をイーゼルに立て掛けた。
「その投票数に俺も含まれてるわけっすね」
「うん、そうだね」
——スタッフから聞いた話じゃ僅差だったみたいだけど、残りの一票は誰が入れてくれたんだろう……。
「先輩、俺ひと足先に帰りますね。それじゃ」
「手伝ってくれてありがと、成澤」
成澤と別れたあと、横で藍汰が腕を組んで真剣に一点を見つめて俺の絵画を眺めていた。最初は絵のことはよくわからないと言っていた藍汰が人物画を見てなにかを考え込んでいた。
「藍汰、どうしたの?」
「この絵……俺がモデルじゃなかったら……誰を描こうと思ってました?」
「誰って…………」
俺は考えた。絵画の中の人物は美しいだけじゃなく、複雑な藍色に包まれたその先に見える日の出を見ている。
この絵は決して悲しい絵じゃない。陽の光を見つめる横顔はどこか寂しげで儚くもあるが、これからの希望に満ちている眼差しをしている。
「そうだなあ……父さんを描いたかもしれない」
俺が子供の頃の三味線を弾いていた父さんの姿は恰好よく見えたからその頃を思い出して描いたかもしれない。
「やっぱり、そうっすか」
藍汰が納得したように微笑んだ。
思えば藍汰が三味線を弾いてる姿も恰好がついていた。
幼い頃見ていた父さんの姿と重ねて見えたのかもしれない。
「俺の絵はまだ物足りない気がするな……」
「まだまだ成長する価値があるってことっすよ」
「そうだね」
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