サウジアラビアの前国王 10

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 そして、この矢田の目論見通りになった…  私が、そう、思うと、思わず、頬が緩んだ…  私の頬が、緩んだのだ…  同時に、私の大きな口が、横に、大きく、広がった…  それを、見た、バニラが、驚いた…  いや、  怯えたというか…  「…どうしたの? …お姉さん…その顔は?…」  と、若干、引いたような感じだった…  いや、  若干では、ないかも、しれん…  だいぶ、引いていた(笑)…  「…どうしたの? …その口…まるで、悪魔か、なにかのよう…」  と、怯えたように、言う…  「…悪魔だと?…」  さすがに、その言葉には、驚いた…  「…なにか、ものすごく、腹黒い笑いというか…」  バニラが、続ける…  「…それとも、お姉さん…今朝、なにか、悪いものでも、食べた?…」  「…そんなもの…食べてないさ…」  私は、言った…  「…この矢田は、生まれつき、口が大きいのさ…」  「…口が大きいって?…」  「…口が、大きいのは、生命力がある証拠さ…誰でも、口から、ものを、食べるだろ? …だから、口が大きいのは、生命力に溢れているのさ…いっぱい、ものを食べられる証拠さ…」  私は、言った…  言いながら、我ながら、随分、いい加減なことを、言ったと、思った…  が、  ウマいとも、思った…  たった今、このバニラが、言ったのは、私の笑いが、ずばり、邪(よこしま)な笑いだったからだ…  ずばり、私の計算通りに、いった…  私の目論見通りに、いった…  だから、つい、微笑んだ…  ずばり、私の心の内が、顔に現れたのだ…  表情に現れたのだ…  それだけのことだった…  それを、ウマく、口の大きさに切り替えたというか…  話をはぐらかした(笑)…  が、  それが、いけなかったというか…  太郎が、  「…キー…」  と、鳴いて、いきなり、私から、離れようとした…  この矢田の元から、距離を置こうとした…  私は、驚いた…  かつて、こんなことは、なかった…  この太郎が、矢田の元から、逃げ出すようなことは、なかったからだ…  太郎の首には、ひもが、ついていて、そのひもを、この矢田が、持っている…  だから、正確には、この矢田の元から、逃げ出すことは、できんかったが、それでも、この太郎が、この矢田から、距離を置こうとしたのは、ショック…  実に、ショックだった(涙)…  これでは、まるで、葉尊と、いっしょだ…  私の夫と、いっしょだ…  太郎は、葉尊を嫌っている…  それは、おそらく、葉尊の心の中に、邪悪な面があるから…  それを、太郎が、嫌っているのだ…  真逆に、葉問には、それがない…  だから、太郎は、葉問には、なつく…  そういうことだ…  この太郎は、動物の直感で、ひとの正邪を、見分けることが、できる…  邪(よこしま)な心を持った人間を見極めることが、できる…  が、  と、いうことは、どうだ?  この太郎は、今、この矢田の邪悪な心に、気付いたということか?  この太郎は、この矢田の邪(よこしま)な心に、気付いたということか?  私は、思った…  思ったのだ…  そして、それは、ショックだった!…  限りなく、ショックだった!…  この太郎は、私の子供…  この矢田の息子だった…  この矢田のお気に入りの息子だったのだ…  そのお気に入りの息子に、逃げ出されるような真似をされて、ショックでないはずが、なかった…  なかったのだ(涙)…  だから、私は、慌てて、太郎の元に、行き、  「…すまんかったさ…」  と、詫びた…  太郎をきつく抱き締め、  「…すまんかったさ…」  と、詫びた…  太郎は、私にきつく、抱き締められ、  「…キー…」  と、鳴いた…  そして、太郎は、最初、この矢田に抱き締められるのが、嫌そうだったが、この矢田が、太郎を力いっぱい抱き締め、何度も、何度も、  「…すまんかったさ…」  「…オマエを哀しませて、すまんかったさ…」  と、詫びると、じきに、  「…キー…」  と、嬉しそうな声に変わった…  そして、太郎を力いっぱい抱き締める、この矢田の顔を、太郎が、ポンポンと、軽く叩いた…  まるで、心配するな、というように、この矢田の顔を、ポンポンと、叩いたのだ…  私は、安心した…  同時に、嬉しかった…  太郎が、この矢田を許して、くれたようで、嬉しかったのだ…  「…太郎…ありがとうさ…」  私は、太郎に礼を言った…  「…この矢田を許してくれて、ありがとうさ…」  私は、繰り返した…  と、  そのときだった…  近くで、  「…太郎さんは、お利口です…すべてを、見抜いている…」  と、いう声が聞こえてきた…  実に、偉そうな声だった…  が、  同時に、その声は、子供の声だった…  間違いなく、子供の声だったのだ…  そして、私は、その声に、聞き覚えがあった…  その声の主をよく知っていた…  その声の主は、アムンゼン…  今、サウジ国内で、争っている、現国王の腹違いの兄弟であり、前国王の息子だった…  私は、驚いて、  「…アムンゼン…どうして、オマエが、ここに? …しかも、こんなに朝早くから…」  と、近くにいたアムンゼンを振り向きながら、聞いた…  実際に、振り返ると、やはり、アムンゼンが立っていた…  3歳の幼児が、立っていた(笑)…  そして、  「…矢田さん、そんなことも、わからないんですか?…」  と、生意気な口を利いた…  3歳の幼児にも、かかわらず、35歳の矢田トモコに、向かって、生意気な口を利いた…  だから、頭にきた…  「…なんだと?…」  と、つい、口にして、しまった…  「…矢田さんは、狙われていると、以前、言ったはずです…だから、ボクも、矢田さんの動向には、目を光らせています…だから、ひとを配して、矢田さんの行動を見張ってます…先日、矢田さんには、極力、外に出ないように、言ったと思いますが…」  …そんなことを、言ったか?…  私は、思った…  思ったのだ…  すると、だ…  太郎が、私の元から、いきなり、逃げ出して、アムンゼンの元に、行った…  そして、アムンゼンの前に、立ち止まり、手を伸ばした…  これには、アムンゼンも、驚いた様子だった…  「…これは、太郎さん…このボクと握手すると、いうことですか?…」  と、アムンゼンが、聞くと、太郎が、  「…キー…」  と、鳴いた…  それは、まるで、  「…そうだ…」  と、でも、いうようだった…  「…わかりました…」  と、アムンゼンは、言って、手を差し出した…  そして、太郎と、アムンゼンは、握手した…  人間と猿にも、かかわらず、固く握手した…  まるで、二人は、親友のようだった…  かけがえのない親友のようだった…  これは、おそらく、太郎は、アムンゼンが、自分を好きだと、いうことに、気付いたからに違いなかった…  以前、この矢田と太郎が、大道芸の旅をしていたときに、このアムンゼンが、今のように、突然、現れたことがある…  そのときは、太郎は、アムンゼンが、被る帽子を取って、逃げ出した…  そのとき、当然ながら、アムンゼンは、激怒した…  「…帽子を返せ!…」  と、激怒して、アムンゼンは、太郎を追いかけ回した…  そして、その様子が、おかしかったのだろう…  太郎と矢田の大道芸を見守る、観衆の女のコたちから、  「…坊や…頑張って!…」    と、アムンゼンに声援が、飛んだ…  女子高生たちの黄色い声援が、飛んだ…  私は、その様子を見て、  …マズい!…  と、思った…  なにしろ、このアムンゼンは、外見は、3歳の幼児にしか、見えんが、ホントは、30歳の大人…  しかも、アラブの至宝と呼ばれる、優れた頭脳の持ち主…  おまけに、サウジアラビアの現国王の腹違いの弟であり、前国王の息子だ…  だから、とんでもなく、プライドが高い…  それが、公衆の面前で、  …坊や…  扱いされたのだ…  だから、アムンゼンの怒りが、爆発すると、思った…  思ったのだ…  そして、アムンゼンの怒りが、爆発すれば、とんでもないことに、なる…  なにしろ、アムンゼンは、サウジアラビアの王族だ…  立派な王子だ…  そんな立場の人間の怒りが、爆発すれば、それこそ、サウジアラビアと、日本の外交問題に発展しかねないからだ…  だから、恐れた…  恐れたのだ…  が、  あろうことか、アムンゼンは、嬉しそうだった…  女子高生の黄色い声援を浴びて、嬉しそうだったのだ…  「…坊や…頑張って!…」  という女子高生たちの声援を浴びて、  「…ハイ、頑張ります!…」  と、嬉しそうに、返したのだ…  これは、驚きだった…  この矢田トモコにとっても、驚きだった…  まさに、まさかだった…  まさに、まさか、だったのだ…  まさか、アムンゼンが、女子高生に子供扱いされて、嬉しそうにするとは、思わんかったのだ…  が、  冷静に考えれば、わかる…  アムンゼンは、3歳の幼児にしか、見えんが、中身は、立派な大人…  30歳の大人だ…  だから、30歳の男が、十代の女子高生たちの声援を浴びて、嬉しかったのだろう…  つまりは、このアムンゼンは、ロリコン…  このアムンゼンの正体は、ロリコンだった(爆笑)…  そして、それを、知ると、この矢田トモコは、アムンゼンの弱点を掴んだと、思った…  アラブの至宝と呼ばれた男の弱点を掴んだと、思ったのだ…  そして、そのとき、この矢田は、うっかり、さっきと同じく、つい大きな口を、開いて、笑ってしまった…  つい、ニタリと、笑ってしまったのだ…  それを、アラブの至宝と呼ばれる、優れた頭脳を持つ、アムンゼンが、わからないはずが、なかった…  …自分の弱点を掴まれた!…  あるいは、  …自分が、ロリコンだと、バレた!…  そう、とっさに、気付いたのだろう…  そのときから、このアムンゼンは、矢田の親友になった…  親友=対等な関係になった(笑)…  つまりは、今、私が、猿の太郎の首に、ゆわいた、ひもを握っているのと、同じ…  この矢田は、アムンゼンの弱点を掴んだのだ…  それ以来、このアムンゼンは、この矢田に優しくなった…  つまりは、この矢田とアムンゼンは、そういう関係だった…  弱みを握った者と、弱みを握られた者との、関係だった(笑)…  そして、太郎とアムンゼンの関係は、また別だった…  要するに、アムンゼンは、太郎に自分を投影させているのだった…  太郎は、頭がいいが、所詮は、猿に過ぎない…  それと、同じく、アムンゼンは、ホントは、30歳の大人で、頭脳も、滅茶苦茶、優れているが、3歳の幼児にしか、見えない…  だから、そんな太郎を見て、アムンゼンは、自分を見ているように、思ったのだろう…  そして、太郎も、また、アムンゼンが、自分を好きだということに、気付いて、今、太郎は、アムンゼンと固い握手を交わした…  そういうことだろう…  これは、人間も同じ…  自分を好きだと言ってくれる人間を嫌いになれない…  それと、同じだ…  私は、太郎とアムンゼンが握手をするのを、見て、そう、思った…  そう、思ったのだ…  と、  私が、そんなことを、考えていると、アムンゼンが、  「…矢田さんは、いつも、平和で、いいですね?…」  と、皮肉を、言った…  私は、それが、許せんかった…  だから、  「…どういう意味だ?…」  と、聞いてやった…  私は、頭に来たからだ…  「…それは…」  アムンゼンが、心配そうな表情で、話し出した…                <続く>
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