【J庭54サンプル】ピカレスク・ロマンチシズム

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 指定された外資系ホテルは、勤務先が入る高層オフィスビルのすぐ側にあった。  客室が並ぶカーペット敷きの廊下は、真昼間とあって人の気配はない。敷き物の柔らかさのせいなのか、それとも強烈な寝不足のせいなのか、足元がふわふわして頼りない感じがする。 伝えられていた部屋番号の前に辿り着くと、一度深呼吸をしてからインターホンを押した。  10秒もしないうちに目の前の扉が開く。  室内にいたのはノーネクタイの黒いスーツの上下を着た男だ。  目が合った瞬間、思わず息を詰めた。職業柄ポーカーフェイスが染みついているので、表情には出ていないはずだった。 「お待ちしていました。どうぞお入りください」  男は大きくドアを開き、低いけれど聞き取りやすい声で静かに促す。会釈をして足を踏み入れると、男に続いて室内を進みソファーセットの前で止まった。 「少々お待ちください」  席をすすめて男が去っていく。腰を下ろして一面ガラス張りの窓に視線をやると、都会の街並みが広がっていた。
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