【J庭54サンプル】ピカレスク・ロマンチシズム

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 機械の作動音が聞こえたあと、かぐわしい香りとともにコーヒーカップを手にした男が姿を見せる。目の前に置かれたソーサーの淵には、ご丁寧にスティックシュガーとポーションミルク、スプーンが添えられていた。 「どうぞ……俺が入れたのなんて口付けたくないかもですけど」  少し目をすがめるようにした苦笑いは、よく見慣れた表情だった。 「いえ、いただきます」  ブラックのまま一口飲む。高級ホテルのエグゼクティブスイートだけあって、エスプレッソマシーン完備どころか、こだわりの豆を使っているようだ。 「この度は、大変申し訳ありませんでした」  カップを戻すのを見計らっていたように、男はそう切り出して頭を下げる。 「申し遅れました」  男の謝罪を無視するような形で、ジャケットのポケットから名刺入れを取り出し一枚抜いた。 「お初にお目にかかります、冴島と申します」  テーブル越しに両手で差し出すと、向かいの男が片手でそれを受け取る。 「ほんとに弁護士さんなんですね」  冴島のジャケットについたバッジに一度視線をやってから、男は冴島の目を見てきた。その視線から逃れるように、再びカップに手を伸ばす。
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