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「ご迷惑と不快な思いをさせたことについて、できる限り誠意をお見せしたいと思ってます」
膝の上に乗った男の手から、少し力が入っていることを窺い知る。
「矢乃薫さん」
呼びかける声が少しだけ上擦って、咳ばらいをする。
目の前の男、矢乃薫は世間では名の通った役者だ。シニカルな印象のする一癖ある美形で、その他に埋没しない独特な雰囲気があった。役のふり幅が広く、カメレオン俳優と評されている。特に奇抜なキャラクターやいわゆる「悪役」を演じるのを得意とし、ヒット作品にも多く出ていた。昨年の国内最大の映画賞では、初主演作品で優秀主演男優賞に輝いている。
そんな矢乃の不倫疑惑が週刊誌で報道されたのが数日前のこと。発売時に、冴島の勤める事務所に記者から取材の申し込みがあり、報道された相手が自分の妻だと冴島は知った。
「約一カ月前の1月10日。あなたは私の妻である冴島香南とホテルに宿泊し関係を持った。間違いありませんか?」
「はい、事実です」
「妻とはその日初めてナイトクラブで出会った。これも間違いありませんか?」
「はい、そうです」
「一夜限りで、その後関係を継続する意思はそもそもなかった、と」
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