1 死体少女①

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1 死体少女①

  1 死体少女  一両の貨物列車が走っていた。  しとしとと降る雨のため月明りはなく、線路を囲うように広がる山々はタールに塗りたくられたように暗闇の中に沈黙している。唯一の光源である電動車のLEDも輝度が野生生物が視認できる最低限度に抑えられているので遠くから見れば鬼火が動いているかのように見えるだろう。  そして、たとえ二世代前の技術とはいえ、高馬力低出力のリラクタンスモーターは騒音らしい音もなく滑るように線路の上を進んでいくので、100年前の人間がこの光景を見たならばより一層幽霊列車めいた印象を与えたに違いない。  JRの運用するEM500は30両編成の貨物専用車両であり、日本の国土をぐるりと一周する路線を動脈と静脈のように巡っている。各地に細々と生活する日本人(ネイティブ)にとって重要なライフラインであり、太平洋防衛ラインの兵站を支える最重要インフラでもある。  獣のような低くて長い回生ブレーキ音が山々にこだまするとやがてコンマ一秒の狂いもなくプラットホームにピタリと停止した。  コンクリートがひび割れた、年季の入った駅は車両の列に対して明らかに短かく、貨物室を待ち受ける自動制御のカーゴの数も多くはなかった。いつもであれば貨物室に搬入ランプが灯ると同時に作業が始まるのだが、今宵は少し様子が違った。  貨物室のドアが音もなく開くと一個のスーツケースがスーッと音もなくプラットホームに流れてきた。まるで車輪にストッパーをかけ忘れたかのように見えない斜面を滑っていく。やがてカーゴたちから少し離れたところで停止すると、そのままコトリと倒れた。そして、倒れた拍子に開いたとしか思えないタイミングで蓋がパカリと開いたのである。  その光景を見ていた者は誰もいない。プラットホームに設置されたカメラとそのカメラを制御する管理AIだけである。だから、トランクの中に入っていたモノがどんなに奇妙であっても悲鳴やうめき声はおろか、息一つ漏れなかった。  トランクの中には少女が詰め込まれていた。  血液の存在をまるで感じさせないような皮膚の病的な青白さ。  左右対称の顔は一昔前のCGめいていて、見ていると言いようのない不安をかき立てられる上に、その表情は苦悶に歪んでいた。  おおよそ体温の温かみを感じさせないその小さな身体は、どこにも欠損部分が無いのでどうにか人間として認識できたが、そうでなければ死体としか見えなかった。 「―――かっ」  人工呼吸を処置された溺者のように喉が小さく震えると少女の口から液体が零れる。それからゴホゴホと咳き込むと重く閉ざされていた瞼がゆっくりと開いていった。 「…………さいあく」  開口一番、世界を呪うと少女は焦点の合わない目で世界を見回した。  青白いLEDに照らされた見知らぬ天井。周囲に人の気配はなく、物音といえば自動カーゴが貨物車とプラットホームの段差を越えるときに立てるタイヤの軋む音だけ。  まるで“あの世の入り口”だな、  ここ一年、もう数えきれないほど繰り返した感想をまたしても心に浮かべると少女はため息まじりの苦笑いを浮かべた。そして、自身が再起動したことを認識したのか、瞳が俄かに理性の色を取り戻し始める。  弛緩した全身の筋肉をどうにか動かし、トランクの中から這い出ると駅の中を見渡す。既にプラットホームから貨物列車の姿は消え、自動カーゴたちの大半も駅の外で待つトラックに向かっていた。少女が去れば、この駅も再び夜の闇の中に消えるであろう。  ―――『奥多摩』   プラットホームの中央に凝然と立つ史跡そのものの駅名板を認めるとホッと胸を撫で下ろす。どうやら目的地には着けたらしい。間違えることなど万に一つもないはすだが、目的地ではない陸の孤島に放り出されていたらホラーでしかない。 「…………さてと、」  先ほどからトランクの片隅で小うるさく震えるメガネをかける。するとたちまち“つる”の先についた骨伝導マイクからけたたましい声が流れ込んできた。 「ああ! やっと起きたし!? あんさー、いつも言ってるっしょ? 目が覚めたらまずはメガネかけろやって! “ニア”はメガネをかけないとこの時代じゃ赤ちゃんとマジで変わんないんからネ、そこんトコロわかってるの、マ・ジ・で!?」  鈴の音を鳴らすような、音に味や匂いがついているならマカロンみたいな甘ったるい声。それが耳元で機関銃のようにぶっ放されるのだからたまらない。  そして、すげえうるせー。  メガネをかけた“ニア”の目の前にもう一人の少女がトランクの蓋の上にふわりと腰掛けていた。  襟やら裾、リボンなどあらゆる箇所がデコレーションされたセーラー服と尻が見えそうなぐらい短いスカート。病的に青白いニアとは対照的に黒い日焼けをし、カラメル色をしたサイドテール。そして、ニアの時代でもギリギリのルーズソックス。  なぜにギャル?
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