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この地方には月夜に出歩くと魔物に会うという言い伝えがある。
だから、月夜には絶対に出歩かない。もっともこの地方は一年中雲がかかっていて、月が出る夜など数えるほどしかない。
僕は焦っていた。油断した。昼間曇っていたので安心して居残り、仕事をしていた。だが、仕事場を出てすぐに雲が晴れ始めた。このままでは家に着く前に月が出てしまう。急ぎ足で家へ向かうが、遅かった。家に着く前に月が出てしまった。
恐る恐る辺りを伺うが何もいない。
魔物などいないのだ。
魔物がいないことには安心したが、恐ろしいことはまだ残っている。何が恐ろしいって、家で待っている妻だ。
月夜に出歩いているのを責められる。仕事だからと言っても責められる、魔物など見ていないと言っても責められる。ただでさえ隣のおばあさんがとか、向かいの奥さんがとか、毎日愚痴ばかり聞かされているのだ。
今日は仕事が終わらずに遅くなったのに、妻は僕が話を聞きたくないからわ ざと遅く帰ってきたと責めるだろう。
ゆっくり歩き始める。魔物がいないとわかったからだが、家に帰りたくないというのもあるのかもしれない。
家に着くが予想通りおかえりなさいの言葉もなく、遅く帰ってきたことを責められる。責められているとだんだん腹が立ってきた。
思わず妻を殴ってしまう。妻はバランスを崩し、壁に頭を打ち付けた。
近寄ってみると妻は死んでいた。
月夜に出歩くと魔物に出会うのではない。
月夜に出会うのは本当の自分だ。その自分が魔物のようだった、ということだ。
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