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本編
ムク:「…貴方は、なぜ……生きるの?」
蓮(ナレ):「彼女と出会ったのは、薄暗い雨の日」
ムク:「それとも、死のうとしてた?」
蓮(ナレ):「最初に目を惹かれたのは雨を弾き淡く光る白い髪。」
ムク:「もし、死ぬ気なら……一緒に逝かない?」
蓮(ナレ):「そして、目線を縫い止められたのは……彼女の光を宿さない色違いの双眸だった」
(間)
蓮(ナレ):「白の彼女は自分をこう紹介した」
ムク:「私を呼ぶ人々はその時々で呼び方が変わるけど、1番気に入った名前を名乗ろうかな」
蓮(ナレ):「気に入った、とそう言葉にしながら硝子玉のような双眸は光を宿さない。ただ反射するだけの瞳に魅入られる。その中の感情を覗き込もうと黙って彼女の言葉を待つ。」
ムク:「……そうね、やはりこれがいい。私の名前は……ムク、その呼び名が一番いい。」
蓮:「……む、く…?」
ムク:「そう、ムク。白の神とか天使だとかより全然いい。それで……あなたは?」
蓮:「……蓮」
ムク:「……れん、……蓮ね。いい名前」
蓮(ナレ)「彼女は口にした名前を繰り返すと、口元だけでとふわりと微笑んだ。その笑みは……とても綺麗で、彼女が嫌がる天使という言葉がぴったりと当てはまる、と思った。」
ムク:「……それで、貴方は死にたいの?」
蓮(ナレ):「コクン、と首を傾げる彼女の、たったそれだけの仕草すら。心を奪われる。呼吸が止まるほど、彼女に見惚れていた。でも、このまま答えなければ興味を失われる気がした。だからただただ頷く。彼女の硝子玉のような瞳から外れることを恐れてしまった。」
ムク:「……それなら、私と一緒に。」
蓮(ナレ):「彼女の声に誘われるように、手を伸ばして、そっと触れた。その手はとても、とても冷たく……生を、感じられなかった」
*****
ムク:「私、寿命をね……操れるの。コップの水を移すように、他人の寿命を分け与えられる。そして、私自身も……不老不死なの。」
蓮:「……そんなこと、人間に可能なの?」
ムク:「私の一族……ううん、私なら、可能だよ。」
蓮(ナレ):「そんなことが、有り得るもののかと……思った。多くの人が求めている不老不死。それが目の前にいる儚げな少女のことを指しているのかと。……とても信じられなかった」
ムク:「この首飾りがね。当主の証。これを継承した時点で不死になって寿命を操れるようになる。……もう、私以外いないけど。」
蓮:「……ムク以外、いない?」
ムク:「死んだの。私の、就任の儀式の日に。」
蓮:「死んだ……?」
蓮(ナレ):「そういった彼女の瞳はどこか遥か遠くの、過去を見ているように翳りを帯びていた。」
ムク:「……だから、私は1人なの。これからも、ずっと。この首飾りが私を当主と認める限り。……私は死ねない。この首飾りだけじゃない。時間が、止まった私は……不老でもある。」
蓮(ナレ):「彼女は首飾りに置いていた手をそっと……赤い方の瞳を示すように顔に添える」
蓮:「……時間が、止まった?」
ムク:「そう、この瞳が真紅に染った時から……私の時間は止まった。不死だけで十分だっていうのにね。いたの。私を……利用して不老に閉じ込めて、この世を去った…愚か者が。」
蓮(ナレ):「……憎々しげに、そしてどこか切なさを帯びたもう片目の金色が揺れる。」
ムク:「……ごめんなさい。昔話なんて、つまらなかったわね。」
蓮:「……ううん。話してくれてありがとう」
蓮(ナレ):「……そう、言うしかなかった。それ以上の言葉は見つからない程に、かけられない程に。
彼女の言葉と共に揺らぐ闇は、とてもとても深く。彼女の瞳に閉じ込められて凍り付いていたから。」
ムク:「……蓮は死にたいんでしょう?私も一緒。だから、一緒に…楽に死ねる方法を、探してくれない?」
蓮(ナレ):「断る言葉なんて選択肢になかった。だって、心が。彼女を見た瞬間から縛られていた。彼女の望みを叶えたいと。」
蓮:「……分かった。一緒に探す。ムクと、一緒にいれるなら。」
蓮(ナレ):「彼女は頷き、手を差し出してきた。それを取り、そっと口付ける。誓いの口付けにも似た儀式を自然に行っていた。」
*****
蓮(ナレ):「それから、何日……何年……何十年と、過ぎていった。その間、ムクの姿は変わらず。彼女が昔言っていた不老の話も真実なんだと、とっくに受け入れていた。……そして彼女に魅入られ、傍に居たいと願った日から……」
ムク:「……ねぇ、蓮。こんな話があるんだって、」
蓮(ナレ):「自分の時間も、彼女と共に止まっている。」
ムク:「百合の花を敷き詰めて、密閉させると眠るように死ねるって。」
蓮:「そんな事、可能なの?」
ムク:「都市伝説レベルの話。……でも試してみたって良いでしょう?花に囲まれて死ねるなんて、綺麗でとても素敵な終わり方よ?」
蓮(ナレ):「いつものように小首を傾げる彼女。その所作は柔らかでとても死ぬ方法について話してるようには思えない。……何年も何十年も付き合ってきて、彼女の誘いを……提案を断れた事など1度もない」
蓮:「……そうかもしれない。ムクの望むことなら、叶える」
ムク:「……蓮は、疲れないのかしら。」
蓮(ナレ):「呟かれた言葉と共に、彼女の色違いの双眸がゆっくりと向けられる。言葉の意味も意図も分からなかったが、感情を移さない硝子のような瞳を見返す。」
蓮:「……疲れ、ない。ムクと、約束した。」
ムク:「……そう。」
蓮(ナレ):「彼女は興味を失ったように、白い髪に金と紅の色を隠してしまった。」
*****
蓮(ナレ):「白い百合に囲まれて座る白の彼女。その姿は美しく、硝子玉の双眸に普段では見えない翳りが見えたことで、今日ここで全てが終わると察する事になった。」
ムク:「蓮と出会ってから、もう50年も経ったの。」
蓮(ナレ):「死にたくて、ただそれだけを考えていたあの日。彼女に出会って、全てが変わったあの日。」
ムク:「人の日常に戻るには長過ぎたし、これ以上…私の無意味な生き方に蓮を付き合わせるのは……我儘だと思ったの。」
蓮(ナレ):「それだけの時間が経った。全てを捧げていいと思った。」
ムク:「気が付いてると思うけど、私は蓮の時間を止めた。死ねない私を置いていかないで欲しくて。身勝手であなたの人としての時間を終わらせた。」
蓮(ナレ):「何もかも捨てた空っぽに、存在を与えてくれた貴女が終わりというのなら」
ムク:「……自分勝手なのは分かってる。…でもこれ以上、蓮の魂を穢せない。……蓮、最初の願いの通り……あなたは死にたい?」
蓮(ナレ):「最初の誓いの通り、ムクの望みを叶えるよ」
蓮「ムクの手で死ねるのなら、喜んで」
ムク:「……ありがとう。……ごめんなさい。」
蓮(ナレ):「彼女の白く細い手が首にかかる。」
ムク:「…綺麗なまま、終わらせるわ。寿命だけ、抜き取るから……さようなら、蓮」
蓮:「さよなら、ムク」
蓮(ナレ):「サラサラと何かが流れ落ちる音がする。何も苦しくない、美しく穏やかな死。ムクが望んでいた、探していた死は彼女にしか…成し得ないもので、彼女だけは迎えられない終わりだった。最後に見えたのは……とても綺麗な白百合の世界と…蓮が愛した独りぼっちになる天使の瞳だった。」
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