キャンプをしたいだけなのに 2

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 4 気を取り直して湖の周りを探索した。 まず、野原の一角に古い倉庫があった。中を覗くと、古びたライフジャケットが乱雑に並べてあった。昔はボートの教室でもしていたのだろうか。広い倉庫だったが、船自体は見つからなかった。 次に湖の周りを歩いた。湖の周辺は、ロッジに近い方こそ開けた野原になっているが、湖に沿って進めば進むほど木々が増え、うっそうとした小道になってきた。 半周ほど進むと、もう木々で日の光もほとんど届かず、少しでも道を外れると迷いそうだ。しかも木々は湖の際まで生い茂ってきて、水面もほとんど隠れてしまっている。ここら辺はテントを張る空間としては想定されていないのだろう。 さすがに前方も見えにくくなってきたので引き返そうかと考え始めた頃に、比較的開けた空間に出た。 縦に5メートル横に3メートルほどの長方形の空き地が小道と湖の間に挟まっていた。その範囲は水際に木は生えておらず、そこから湖が一望できた。 なぜここだけ開かれているのか不思議だったが、水際をのぞきに行くとすぐに理由はわかった。水面に古びたボートが一艘、切り株につながれて浮かんでいたのだ。どうやらここはボート乗り場だったらしい。ただ、ボートとロープの痛み具合から、恐らく久しく使われてはいないのだろう。 改めて空き地を見回す。地面は水平に整地されている。所々木の根が這っているが、テントを立てられないほどではない。むしろ木の根のおかげである程度の堅さもある。チェアの足の沈み込みも少ないだろう。 スペースに関しては、私のソロ用テントを二つ張っても、テントをぎりぎりまで小道側に寄せれば、水際の間近にはなるが、たき火の場所は確保できるだろう。あとは駐車上から遠いのが一番のネックで、荷物を運ぶのがかなり手間だ。だがまあ、一人でも二往復もすれば運べる量だし、帰りには美音もいる。 よし。ここだ。ここをキャンプ地とする。 そうと決まれば完全に暗くなるまで荷物を運び込もう。小道に背を向け、湖に体を向けた状態で一旦、薪をバラバラと地面に置き、手頃な切り株に一眼レフを置く。 さあ行こうと踵を返そうとしたちょうどその時、 パキッ 小枝を踏む音が真後ろで響いた。 後ろの小道に誰かいる。 首筋に寒気が走る。その肩越しに感じるその気配は、すっとキャンプ地入り、直線距離でまっすぐ私に向かってきた。 先ほどの恐怖心が瞬時にぶり返す。私は、振り向きざまに後ろの人物に向かってがむしゃらに正拳突きを放った。完全に反射的な行動だったので、何の判断も下してはいない。勝手に体が動いた。だから、後ろにいたのがさっきの男ではなく、黒縁メガネの管理人、白鳥だと気づいた時にはもう拳は止まらなかった。驚いた顔の管理人の顔面に腰のひねりが加わった右の拳が吸い込まれていく。 パシッ 拳が止まった。相変わらず驚きの表情を浮かべる管理人の鼻先で、私の拳は動きを止めていた。管理人は左の手のひらでキャッチした私の拳と、上段正拳突きの基本姿勢で「やってしまった」と言う表情を浮かべているであろう私を何度か見比べたあと、 「す、すいません!」  と慌てて私の右手を放してあとずさった。私も即座に気をつけの姿勢になり、「こちらこそすみません!」と頭を下げた。 「いえ、僕が悪いんです。こんな薄暗い中、背後から近づくから・・・・・・すみません」 「いえいえ、いきなり殴りつける私が完全におかしいんです! すみません!」 「お声がけしてから近づくべきでした・・・・・・すみません」 「いえ、私が神経質なんです・・・・・・すみません」  すみませんの大安売りが始まってしまった。管理人は叱られた後の犬の様にしゅんと、がたいがいい体を縮めて落ち込んでいる。  このままでは、管理人は何も言わずにうなだれて帰って行きそうだったので、「えっと、すみませんあの・・・・・・」と私から会話を進める。 「どういったご用件だったんですか?」  管理人は気を取り直そうとしたのか、黒縁メガネをくいっとやった。 「あ、はい。お連れ様はいつ頃こられるのかなと・・・・・・ あと、どこにテントを張られるのかを確認させていただこうと思いまして。受付でお連れ様にお伝えも出来るので」  なるほど。それはご親切なことだ。 「ごめんなさい。もうちょっと到着にかかりそうなんです。携帯がないので、正確な時間はわからなくて」  管理人は「ああそうでしたね」とうなずくと、辺りを見回した。 「ここに張るんですか?」 「あ、はい。眺めもいいので」 「でも、荷物を運ぶのが大変でしょう・・・・・・やっぱり運ぶのを手伝わせてください」  断ろうか迷った。あまり他人に大事なキャンプギアを預けるのは好きではない。 だが、人手がほしいのは確かだし、彼なら大事に扱ってくれそうだ。それに私の過敏な行動のせいで出来た気まずい空気はどうにか払拭したかった。 「・・・・・・ありがとうございます。お願いします」 距離が縮まったと感じたのか、管理人白鳥は嬉しそうに笑顔になった。 「では行きましょう!」
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