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ぽつりと呟くと、あ? と香坂は零したが、なんでもないと笑って返し首を振った。それきり、会話は途切れる。香坂も、イライラしていたが英文を追っているだけで少しずつ落ち着いてきたので、何も言わず読書に集中しだす。
香坂の図書室当番が終る時間になり、二人揃って席を立って教室を出て行こうとすると、帰りに一言。「次の当番は来週の木曜、放課後」。それ以上は何も言わない。はいはい、と笑って婦貴子は制服のポケットの中の手帳・来週の木曜に、メモをした。〝放課後、仇餓鬼と読書。〟
*
その日の昼休み、婦貴子が図書室に訪れて扉を開こうとすると、香坂が先週に仲良く話していた女子を、抱きしめていた。たからもののように、優しく。女子は、赤くなり幸せそうに微笑んでいた。婦貴子はそれを目撃して暫く扉越しに立っていたが、香坂と目が合えば彼は一物かかえたようすの笑みをうっすら浮かべ、自分を見つめてから、女子と長いキスを交わす。
扉越しに、愛の囁き合いが聴こえる。『いつも図書室に来てくれていた理由』
『わかって嬉しいよ。きみを、必ず幸せにしてみせる。大好きだ』
『……香坂くん』
わたし、優しいあなたが大好き。女子は香坂の腕の中で抱かれており、心底嬉しそうな表情を浮かべていた。
「……」
婦貴子は鼻で息をつき、その日は図書室を後にした。
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