僕を砕く

7/14
前へ
/14ページ
次へ
 気まずい沈黙というわけではないが、何かを香坂は考えていた。婦貴子は小首をかしげていたものの、満足げに頷いて読書に戻ろうとすると。彼の口から出てきた言葉は。 「可愛いはやめろ」  たった一言、それだけ。え? と顔をあげると、香坂は頬杖をついて英書の文をマイペースに追っているだけで、それ以上は何も言わなかった。横顔を見つめていた婦貴子は少し考えたが、ふふっと口元に手を添えて笑い本へ視線を戻す。 「罪なくらい、可愛い人ね」  以降、会話は途切れる。婦貴子も、喋らないと死ぬと公言していたくせに、読書に集中しだす。  香坂の図書室当番が終わる時間になり、二人揃って席を立って教室を出て行こうとすると、帰りに一言。「次の当番は来週の月曜の昼」。それ以上は何も言わない。はいはい、と笑って婦貴子は制服のポケットの中の手帳・来週月曜に、メモをした。〝昼、仇餓鬼と読書。〟 * 「よくべたべたしたの読めるな。人間なんてこんなに綺麗じゃねぇよ」 「あなたが言うと説得力があるね」  カウンターと、一番傍の席の距離は変わらないが、読んでいる本は入れ替わっていた。しかし、婦貴子は香坂と違い、英語の辞書を片手に読書を進めている。 「よく小難しい言い回しの英書読めるわね。人間が読むものじゃないわ」
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加