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2.裁きのとき
ヴァネッサが連行されたのは、すり鉢状の広場だった。
屋根はなく、周囲を段になった石作りの傍聴席が取り囲んでいる。
席はすでに満員で、都中の人々がこの魔女裁判の開始を待っていることがうかがえた。
ヴァネッサは、自分が悪趣味な見世物にされようとしていることを自覚した。
ここに来るまで、フランチェスコ大公子という名を何度となく耳にした。
病で没した先の君主の跡目を継ぐ、次期大公の名らしい。
その継承式が近いとのことだった。
荒野の民を裁くこの魔女裁判は、フランチェスコ大公子の威光を示す格好の舞台、いわば前座に過ぎないのだろう。
「エルガー判事がご到着されました。これより開廷いたします」
書記官の声に、傍聴席が一斉に色めき立つ。
判事席に着いたのは、黒衣をまとった銀髪の男だ。
長い髪を後ろに撫でつけ、秀でた額を惜しみなく晒している。
まだ若く見えるが、その輪郭はいかめしく眼光は刃のように鋭い。
エルガー判事。
フランチェスコ公と並んで名前をよく聞いたのが、この男だ。
王位継承権こそ持たないが、フランチェスコの乳兄弟だという。
その息がかかった人物であることは間違いない。
ヴァネッサは鉄枷を解かれ、広場の中央に立たされた。
書記官がヴァネッサの身上書を読み上げる。
「これなる者は、荒野の民の血をひくヴァネッサ。
コロンドル公国東端のセシリア村に居座った流民の女である。
相違ないか、ヴァネッサ」
ヴァネッサが沈黙すると、脇に控えた刑吏が鞭をちらつかせる。
エルガーが高い判事席から発言した。
「答えなさい。おまえはヴァネッサか。それとも別人なのか。もしもおまえがそれを認めなければ、我々はセシリア村でその女を探さなくてはならない」
ヴァネッサは怒りで頭が熱くなるのを感じた。
エルガーはセシリアの村人を人質にしたつもりなのだろう。
――あんな村の、誰が私の代わりに殺されようが構わない。
とっさにそう思ったが、彼女は答えた。
「……はい。間違いないです」
ヴァネッサは、早いところこの不愉快な舞台から立ち去りたかった。
ただ漫然とうなずいてさえいれば、絞首台に立つことになるのだ。
否定する理由もない。
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