2.裁きのとき

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 エルガーの目くばせにうなずいた書記官が、罪状の確認に移る。 「罪人ヴァネッサが、セシリア村から行方をくらませたのが三か月前。  辺境の地ジュダにおいて、礼拝堂に詰めていたノイマン元大司教を殺害したのが七日前のこと。相違ないか」 「はい」 「また、その殺害方法であるが、……」  動揺した書記官が唾を飲む音が、聞こえるようだった。  ヴァネッサはほくそ笑んで、言葉の後を引き取った。  せいぜい魔女らしくふるまってやろうと思ったのだ。 「ナタを使ったんです、書記官サマ。あたしはみっともなく命乞いするノイマンを押さえつけ、逆さ吊りにしてやりました。垂れてきたションベンとやつのゲロが顔中で混ざり合って、まったくひどい臭いがしてましたよ……あたしはそのまま、薄うくハムを削ぐようにして、少しずつ皮膚の表面を……」 「静粛に」  エルガーが木槌を二度振るい、ヴァネッサと聴衆を黙らせた。  青ざめて口を押さえた書記官を下がらせ、ヴァネッサに警告を与える。 「裁きのあいだ、罪人は自発的な発言を控えるように」 「……ジハツテキなハツゲン?」  ヴァネッサは、わざとらしい片言でオウム返しにした。  言葉を発するのもこれで最後かと思うと、口はなめらかに動く。 「こんなところまで引きずってきて、あたしに喋るよう仕向けたのはあんたたちじゃないか、けったくそわるい。黙らせたいならさっさと縛り首にすりゃいい。このクソ公国のクソ大公のクソ犬どもめが」  耳障りな田舎訛りで、ヴァネッサは思いつく限りの汚い言葉を吐いた。  怒った民衆が傍聴席から立ち上がり、荒々しい声を上げる。  暴徒化の気配が濃厚に漂っていた。  配置された刑吏が、槍を立てて彼らを威嚇する。  罵詈雑言を言いやまないヴァネッサは、刑吏に取り押さえられ、なおも暴れた。  もはや自分が死んで終わりでは飽き足らない。ヴァネッサは、この状況下でさえ涼しい顔をしているエルガーの歯を二、三本折ってやりたかった。 ――いいや。歯だけで済ませてなるものか。一人でも多く道連れにしてやる。殺した数だけ殺されてやる。この世の中で平穏無事に生きる誰一人として許さない。どいつもこいつもグチャグチャに潰して、バラバラに引き裂いて、それで、そうすれば、きっと……。 「静粛に」  エルガーが、ひときわ高く木槌を振るった。  よく響く声だ。静まり返った広場で、エルガーは発言した。 「神と法と権威のもとに、偽証せず答えなさい。ヴァネッサ」 「……」 「動機は、エバーグリーン教会のレイの復讐か?」  不意に出た彼女の名前に、ヴァネッサは息をつめた。  胸に触れるアミュレットが、氷のように冷たい。  エルガーの言葉に、聴衆がざわめいた。  エバーグリーン教会のレイ。  彼女の名が裁きの場に挙がるのは、実に数か月ぶりのことになる。  ノイマン元大司教の庇護を受けた、金髪に碧眼の美しい修道女。  その正体は毒婦だった。  天使のごとき美貌でノイマンを誘惑し、おおやけの場で姦淫に及んだ。  神への裏切りは世の知るところとなり、ノイマンは大司教の座を追われることとなったのである。  呆然とするヴァネッサに、エルガーは淡々と続けた。 「セシリア村はレイの出生地にあたる。修道女は神の所有物だ。教会へ入れば、肉親とさえ一切の縁を断つ。そのため公式な記録からは抹消されているが……」 「その名前を、気安く呼ぶな」  ヴァネッサは歯ぎしりしてエルガーを睨みつけた。  エルガーは眉ひとつ動かさず、判事として命じた。 「セシリア村の流民、ヴァネッサ。ノイマン元大司教殺害の動機は、同郷であるレイの復讐である。相違ないか」 「だから、呼ぶなと」 「相違ないか。すべてを詳らかにせよ」  群衆は気圧されている。肌に刺さるような沈黙のなかに、ヴァネッサはひとり立ち尽くす。怒りがむらむらと沸き上がった。何もかも、ぶちまけてやりたい衝動が、不意に胸にこみあげる。  だが、何をどう語ればいいのか、わからない。  ヴァネッサはカラカラに乾いた口を開けては閉じ、うつむいた。  瞼の裏に蘇ってきたのは、今はもう遠く霞んだ、セシリア村の記憶だ。  ヴァネッサとレイは、その(ひな)びた村に、かつて暮らしていた。
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