3.ヴァネッサ

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3.ヴァネッサ

 セシリア村のはずれにある馬小屋に、子供は近寄らない。  流民の少女ヴァネッサが、村で唯一の馬と共にそこに住み着いているからだ。  ヴァネッサの母は荒野の民の掟を破り、コロンドル公国市民の子を孕んだ。  荒野から追放された挙句、男にも捨てられた、らしい。  実のところ、ヴァネッサはそのあたりの経緯をよく知らなかった。  憶えているのは、石のように無口な母の背中だけだ。  母は多くを語らないまま、幼い娘と、一頭の馬を連れて村々を渡り歩いた。  やがてセシリア村へ辿り着いたところで、呆気なく命を落とす。  厳しい暮らしが招いた結果だった。  勝手に住み着かれた挙句、死体を葬る手間さえとられて、セシリア村の人々にとってはさぞいい迷惑だっただろう。  その頃からヴァネッサの生活は変わらない。  日が昇れば馬の手綱を引き、村人の用聞きをして回る。  運が良ければ労働と引き換えに幾ばくかの生きる糧を得られ、悪ければ雑に追い払われる。  まだ十二歳のヴァネッサを手助けする者は、どこにもいなかった。  村人たちは、荒野の民の血をひくヴァネッサを、恐れつつ蔑んでいた。  田舎の村であってさえ、荒野の民は野人扱いだ。  言葉は通じても、爪と牙を隠し持っているように見えるらしい。  表立って暴力を振るわれることはなくとも、離れたところから石を投げられることは、何度もあった。  だが、馬には利用価値がある。  隣村へ使いを出すにも、荷を運ぶにも役立つ。  この村で扱えるのは、よそ者のヴァネッサだけだ。  ヴァネッサは村人たちと緊張した共生関係を営んでいた。  稀に、物わかりの悪い子供たちがケンカを吹っかけてくることはあったが、誰も荒野の民らしい身体能力にはついてこられなかった。  時にかわし、時に蹴散らして、どうにかその日を生きのびる暮らしを続けてきたのだ。  子供たちとて、馬小屋にまで襲撃に来ることはない。  訪ねて来るとすれば、火急の用で馬を使いたい大人くらいなものだ。  レイは、たった一人でそこへ来た。  村長の愛らしい一人娘は、嫌われ者のヴァネッサと、奇しくも同い年だった。
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