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「危ない!」
ヴァネッサは駆け寄ってレイを胸に庇った。
いきおいレイの体を引き倒して覆い被さる。
片手にランプを持ったまま無理な体勢をとったせいで、肩関節がひどく痛んだ。
だが、襲ってきた痛みはそれだけだった。
一秒立ち、二秒立ち、おそるおそる目を開けると、ヴァネッサの胸の中には、当たり前のようにレイがいた。
汚い床に押し倒されたまま、驚いたように固まっている。
「あ……」
目が合うと、レイは瞬いて身じろぎした。
胸に提げた十字のアミュレットが囁くような音を立てる。
ヴァネッサがこれほど近くに人肌を感じたのは、母が死んで以来はじめてのことだった。
気が動転するあまり、口に自然とつばがわいてくる。
それをゴクッと飲み下し、ヴァネッサは無言で身を起こした。
床にランプを立て、まだ鼻息を荒くしているビビを落ち着かせる。
背後でレイの起き上がる気配があった。
そのまま帰れとヴァネッサは心のなかで念じたが、レイはその場に留まった。
ヴァネッサはため息をついた。
「……ケガは」
「えっ」
「ケガはないかって聞いてんの」
「う、ううん、大丈夫……」
「じゃあもう帰ってくんない」
ヴァネッサはイライラと突き放した。
虐めてやるつもりで、うかつにレイを招き入れたのが自分だということはわかっている。
それでも、ヴァネッサはこれ以上の危険を負いたくなかった。
レイは父親である村長に、目に入れても痛くないほど可愛がられている。
ケガでもさせたら、一巻の終わりだ。
ヴァネッサは村から叩き出され、あてどもなく放浪する羽目になる。
決してセシリア村が好きなわけではない。
だが、公国にも荒野にも自分の居場所がないことは、すでにわかりきっていた。
あてどもない生活といえど、セシリア村には雨風をしのげる馬小屋がある。
村人もヴァネッサの存在を消極的ではあるが容認している。
その環境を、みすみす失いたくはない。
「ごめんなさい、ヴァネッサ」
キュッと服のはしを掴まれたヴァネッサは息が止まった。
「わたしが不注意だったわ。許して。お願いよ、怒らないで……」
レイは泣いていた。驚いて、怖かったのだろう。
嗚咽交じりの謝罪に、ヴァネッサは自分の耳を疑う。
人から謝られたことなど、生まれてこのかた一度もなかった。
「わたし、あなたのことが好きなの。素敵なあなたとお近づきになれると思って、つい調子に乗ってしまったのよ……」
ましてや、好きだなんて言われたことは、一度も。
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