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謎の手紙
『会いたい』
ポストの中に突然そんな手紙が入っていたと言う。
しかも差出人は不明。
「ヤバイくないですか?大体なんで僕の住所を知っていたんでしょう。市役所から情報漏洩してるんじゃないんですか?」
「相当怖いねえ」
「だから大家さんに相談に来たんです。情報漏洩しているかもしれないので」
市役所の『市民相談コーナー』の窓口にそう訴えてきたのは、横山くんという20代の若者だった。
大学のためこの町に来て、そのまま就職したものの会社が倒産。
路頭に迷ってこの相談室に来たのが、半年前。
『大家さんてうちの親くらいの年ですよ』と失礼な事を言われた時もあった。
怒ってやろうかと思ったらその後で『そうか、親が生きてたらこんな感じなのかな〜』としみじみ言われた。どうやらご両親はすでに他界していて、地元に親しい人はいないらしい。だから大学を卒業後もこの町に残っていたのだろう。
そんな事情があるならと、なんとか地元のプリンター工場の仕事を紹介した。
最近は市役所に来ることはなかったので、無事に暮らしているのかなと安心していたのに…。
今日、久しぶりに顔を見せたと思ったら、この謎の手紙の相談だったのだ。
「宛名はちゃんとパソコンで印刷されてますねえ」
茶色い封筒には『○○町 ヤマダアパート101 横山太一様』と印刷されている。
切手は貼っておらず、裏に差出人も書いてない。
「封筒の中にその手紙だけ入ってて、それがポストの中にあったんです」
手紙の方はありきたりなA4サイズの紙に『会いたい』とだけパソコンで印刷してあり、三つ折りにされている。
「不思議だな」
「そういえばうちで紹介したプリンター工場の仕事はうまくいってる?」
「まあ、ぼちぼちですね」
「ご飯は食べてるの?」
「納豆ごはんですね」
「ごはんの種類じゃなくて、三食ちゃんと食べているかどうかを聞いてるんだよ」
話の途中で他のお客さんがやってきた。
「すいません。印鑑証明がほしいんですが」
「はい、印鑑証明ですか?それなら3番窓口で・・・」
とりあえず話を聞こうとすると横山くんはサッと離れていってしまった。
「じゃ、失礼します」と立ち去って行く。
「あ…」
少し待っててくれれば、まだ話せるのに。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫です。印鑑証明でしたね?」
横山くんはそういうところがある。図々しく見えても、本当はとても内気で遠慮しがちだ。
せっかくだから、もっといろんな話を聞きたかったのにな。
「あの人、帰ったんですか?」
同じ相談窓口の荒木くんが話しかけてきた。
「他のお客さんが来たから帰っちゃったよ」
「横山さんでしたっけ。あの人仕事行ってるんですかね?平日の午前中に駅前のベンチでぼ~っとしているのを見ましたよ」
「平日の午前中?どうしてだろう」
「夜勤とかある仕事でしたっけ?」
「いや、日中の勤務だよ」
「荒木くんはどうしてそんな時間に駅前にいたの?」
「有給をとって妻とデートです」
そうか、いいなあ。
横山くんはどうして一人でいたんだろう。
荒木くんみたいにデートする相手はいないのだろうか?むしろ相談相手もいないのじゃないだろうか?
さっき来た時に無理やりにでも引き留めておけばよかったな。
それにしても、この謎の手紙の差出人は誰なのか?
封筒と便箋をじっと観察してみる。
改めて見てみると、妙な違和感がある。
封筒と便箋を重ね合わせてみるとその理由がわかった。
三つ折りにした便箋の幅が、封筒より大きいのだ。
このままだと封筒に入れることは出来ない。
無理矢理入れば、必ずグシャっと紙にシワができるはず。だが便箋はきれいに三つ折りされてヨレてさえいない。
つまりこの手紙は封筒に入れられていなかった。封筒は封筒、便箋は便箋だけの別々のものだったに違いない。
横山くんはなぜ嘘をついたんだろう。
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