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一 戦国の世
武軍、功ありて将あり
将、功をもって報恩す
故に一国は功によりて
その功はしのびと呼ぶ
――遠州武鑑 『影辻忍法帳』一の巻
群雄割拠、戦国時代であった。この世界の東の端にあるちっぽけな島国が、いままさに火を噴こうとしていた。
火種は多い。そのひとつが生存競争だ。この国は驚くほど資源がない国。山ばかりで平野が少ない。少ない平野を奪い合う。それが平安時代から続く争いだった。朝廷の力が弱まり、武士階級が力を増していた安土・桃山時代と呼ばれる弱官・強武の時代に入り、混沌は度を増した。そしていまは力なきものだけが滅ぶ時代だった。
そこらじゅうに戦乱があった。ある日、となりの領主が攻めてくるのは日常だった。武士はつねに身構え、農民は一丸となってそれを支えた。お互い、一蓮托生だったからだ。そんななか、だれにも属さない、まったく自由な少し風変わりな人びともいた。しのび、と呼ばれる者たちだ。
それは日本の、各地に存在した――
ここ、身延の山奥にも…
「ちょっと信、も少しゆっくり走ってよ」
「あはは妙、そなたのようにゆっくり走ってはたれにも追いつかんぞ」
「追いつかないでいいから、ちょっと休もう。三刻も走り続けるバカな忍びはおらんだろう」
信(しん)とよばれた少年は元名を信正(のぶまさ)という。忍者を生業としている。いや、正確には忍者見習いだ。妙(たえ)と呼ばれた少女も同じ忍者見習いで、彼らの一族『霞忍軍』の頭領である緒方一封斎の孫娘だ。
「尾張には織田という殿さまがいて、その家来に殿さまの馬と一緒に五刻を走り続けて、なお気鋭な猿という家来がおるというぞ」
「猿?それ人間?おかしいわ。だいいち織田って大身じゃない。そんなのの家来ってお猿に勤まんの?」
「本物のサルじゃねえし。そういう風体なり能力なんだろう。だがそんなのを平気で雇う、だからヤバいやつなんだ、織田ってね」
「ふうん…ていうかもう朝よ!信じらんない。あんたと朝帰りって知れたら里のものになんて思われるか」
俺たちは近ごろ近江城下に出没する盗賊の動向を探るため、金で雇われた忍びなのだ。いまはその任務を終え、帰ってきたところだった。
まあ探るつもりで近づいた盗賊だか野盗だかに妙が見つかって、しかたないので全員皆殺しにしてきたから、ちゃんと任務を終えたかどうかは頭領の判断ってことだ。まあ金は入るんだし問題ないんじゃないか?
なんてな。
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