一  戦国の世

1/1
前へ
/31ページ
次へ

一  戦国の世

武軍、功ありて将あり 将、功をもって報恩す 故に一国は功によりて その功はしのびと呼ぶ ――遠州武鑑 『影辻忍法帳』一の巻 群雄割拠、戦国時代であった。この世界の東の端にあるちっぽけな島国が、いままさに火を噴こうとしていた。 火種は多い。そのひとつが生存競争だ。この国は驚くほど資源がない国。山ばかりで平野が少ない。少ない平野を奪い合う。それが平安時代から続く争いだった。朝廷の力が弱まり、武士階級が力を増していた安土・桃山時代と呼ばれる弱官・強武の時代に入り、混沌は度を増した。そしていまは力なきものだけが滅ぶ時代だった。 そこらじゅうに戦乱があった。ある日、となりの領主が攻めてくるのは日常だった。武士はつねに身構え、農民は一丸となってそれを支えた。お互い、一蓮托生だったからだ。そんななか、だれにも属さない、まったく自由な少し風変わりな人びともいた。しのび、と呼ばれる者たちだ。 それは日本の、各地に存在した―― ここ、身延の山奥にも… 「ちょっと信、も少しゆっくり走ってよ」 「あはは妙、そなたのようにゆっくり走ってはたれにも追いつかんぞ」 「追いつかないでいいから、ちょっと休もう。三刻も走り続けるバカな忍びはおらんだろう」 信(しん)とよばれた少年は元名を信正(のぶまさ)という。忍者を生業としている。いや、正確には忍者見習いだ。妙(たえ)と呼ばれた少女も同じ忍者見習いで、彼らの一族『霞忍軍』の頭領である緒方一封斎の孫娘だ。 「尾張には織田という殿さまがいて、その家来に殿さまの馬と一緒に五刻を走り続けて、なお気鋭な猿という家来がおるというぞ」 「猿?それ人間?おかしいわ。だいいち織田って大身じゃない。そんなのの家来ってお猿に勤まんの?」 「本物のサルじゃねえし。そういう風体なり能力なんだろう。だがそんなのを平気で雇う、だからヤバいやつなんだ、織田ってね」 「ふうん…ていうかもう朝よ!信じらんない。あんたと朝帰りって知れたら里のものになんて思われるか」 俺たちは近ごろ近江城下に出没する盗賊の動向を探るため、金で雇われた忍びなのだ。いまはその任務を終え、帰ってきたところだった。 まあ探るつもりで近づいた盗賊だか野盗だかに妙が見つかって、しかたないので全員皆殺しにしてきたから、ちゃんと任務を終えたかどうかは頭領の判断ってことだ。まあ金は入るんだし問題ないんじゃないか? なんてな。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加