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ニ 陽炎の術
安土・桃山時代、この国は混沌となった。権力構造があいまいになり、きのうの野盗が今日の領主ってのもざらだった。つまりときの権力者がぶっ潰されても、庶民や侍は生き続けていた。むしろぶっ潰す方に加担したのが庶民であり侍たちだ。
まあそのおかげで国中戦乱のあらし。いきつく暇もなくいくさに明け暮れた。つまりそういうこともあり、忍びを生業とする俺たちの里のようなところも、少しは潤うってことだ。
そして俺たちの里は身延の深い谷の奥にある。それこそ人跡未踏の恐ろしい森の先だ。だからこそいまだ豪族や野盗に襲われず、支配もされていないのだ。
「もうあたし先に行くからね!あんたはそうやって猿みたいに駆け回ってなさい!」
「おい妙!まさか」
「あんたはごゆっくり。うっきっきーっ」
そう言って妙は背に半透明の羽を広げた。霞忍法『陽炎』の術だ。陽炎は蜻蛉ともいい、妖精忍術の高度な飛行術だ。妙は妖精忍術の適合者で、それに適合する忍者はこの里にはあとひとりしかいない。妙の母、忍鶴(おしづる)だ。
「ちょっとまてよ!」
「いーやーよー」
まったくバカヤロウだ。あの法力がいつまで続くのかわかってやってるんだろうか?忍術はいわゆる法力で発動させる。法力とは気だ。気をためてなさざることもなすようにする。いわば現実の改変だ。それを生身で行うにはとんでもない修業が必要だ。それを里のものも俺も、そして妙も楽々とこなしてきた。それが俺たち『霞の衆』一族ってわけだ。
だがものには限度ってものがある。
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