三  霞の衆

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三  霞の衆

『甲武百巻』という書物がある。俺も去年、十五になるまで知らなかったが、忍びの技のたいていがそれに載っているらしい。 水上を渡る技、水中を渡る技、高く飛ぶ技、土にもぐる技。まあおよそ忍びとして必要な技だ。少数での作戦行動という忍びの性格上、攻撃性のある技はそんなになく、もっぱら逃走する技――遁(とん)術が一般的だ。 「信、あんた熱心にそれ読んでるけど、どれだけ覚えたの?」 十五になったばかりの俺に妙はそう聞いてきた。霞の衆頭領の緒方一封斎の屋敷で俺はけっこう勝手にふるまえた。妙の同い年ということもあるし、一封斎も俺をじつの孫のように接したからだ。 「まあ三つくらいかな」 「ふーん。あたしなんかもう『陽炎』の術をおぼえたよ」 陽炎の術は飛行術だ。気流を読み、その背に負った羽で名のとおり飛行する技だ。遁術としては高度なものだが、欠点も多い。昼日なか、それを使えば一発で居所が知れてしまう。鉄砲や矢でも打ちかけられれば逃げようもない。それに術に使う法力の消費が多いことだ。 法力とは忍術を発生、維持するための特別な力で、修行によりそれは得られる。まあそれも個人差があって、ふつうの忍者は陽炎の術など十を数えるくらいで法力は絶えてしまう。まあだいたい屋根から屋根へと飛び移る術でしかない。それをあいつは…。 まああいつは霞の衆の頭領の娘だし、な。特別なんだろ、俺とちがってね。
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