永遠は漂う

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結局シュウと二人で神社の夏祭りに来ていた。 シュウの彼女は見当たらない。 シュウは夏休みになってから髪の色が前より明るくなり、ピアス穴も増えていた。 簡単に言えば、派手さが増した。 「で、彼女はどうしたんだよ」 木の下で屋台で買った焼きそばを食べながら、通り過ぎるカップルをにらみつけるように見ていたシュウに訊く。 「フラれたんだよ。『夏期講習があるからデートには行かれない』って言ったら、『思ったより真面目なんだね』って言われた」 「その見た目じゃ仕方ないな」 「ギャップ萌えとかあるだろ」 「無理して祭りに来なくてもよかったじゃないか」 「祭りだぞ?焼きそばにタコ焼き、射的もあれば花火もある。楽しいの宝石箱だろ」 「幸せそうなカップルもいるしな」 ぐふっと焼きそばをのどに詰まらせた音が聞こえた。 シュウは慌てて水を流し込み、恨みのこもった眼をこちらに向けた。 「お前なあ……」 「ほら、花火上がったぞ」 夜空に光が咲く。次いでどんと腹に響く音がした。 思わず感嘆の声が漏れる。 行き交っていた人たちも足を止め、空を見上げていた。 どこからか聞こえる口笛。 月さんも、この花火を見ているだろうか。あの浜辺からなら、見えるはずだ。 ふと思い立って、口を開く。 「なあ、このあと、月さんに会わないか?」 「月さん?ああ、この前話していた女の子?会えるのか?」 「今日も浜辺にいる、と思う」 「祭りには来られないけど浜辺にいる?なんか変な子だな」 確かに。もしかしたら今日はいないのかも。 「まあとにかく、行ってみるか。美人なら会っておかないとな」 その言葉を聞いて、俺は少し後悔した。 なんとなく月さんのことは秘密にしておきたいという感情が沸き上がった。 花火が終わり、人がまた動き始めた。 「んじゃ行くか」とシュウが言い、俺たちは浜辺に向かう。 途中、食べ終えた焼きそばのパックをゴミ箱に捨てる。 ゴミ箱はすでに溢れていて、周りにも散乱していた。 俺たちが捨てたゴミもまた、ゴミの山のてっぺんから崩れ落ち、地面に転がった。 神社から歩いて二十分。いつもの浜辺についた。 月さんは、いた。 いつものように海を背にして。 ほっとしたのと同時に、シュウの言っていたように少し変だなと感じた。 「彼女が、月さん。月さん、親友のシュウだ」 月さんに近づいて紹介する。 「こんばんは」と微笑んだ月さんを見て、シュウは立ち止まっていた。 「う、わ……」 それが月さんを見たシュウの第一声だった。 俺は「綺麗な人だろ」と言おうとシュウのほうへ顔を向けて、言葉を飲み込んだ。 シュウの顔は、感動や驚きではなく、恐怖に染まっていたからだ。 「なんだよあれ……体が透けて……幽霊じゃないか!」 え、と漏らして俺は月さんを見る。 彼女もまたこちらを見ていた。 よく見れば鮮明な輪郭はなく、すりガラスのように彼女の向こう側の夜が見えている。 「なんかヤバイんじゃないか?お、俺、もう帰るからな」 引き止める間もなく、「じゃあな」とシュウは走っていってしまった。「なにも見ていない、なにも見ていない」と呟きながら。 呆気にとられている俺の耳に、月さんの声が届いた。 「ごめんなさい、お友達を驚かせてしまった」 酷く申し訳なさそうな声。 月さんを見ると、俯いて、両手でワンピースの裾をきゅっと握っていた。 「月さん、これは……、きみは、いったい……?」 「私はもう、長くはここにいられない。帰らないと」 帰る?どこに? 「私は人間ではないの。判っていたでしょう?」 ぽかんとしている俺に、月さんは言った。囁くように。 判っていた。判ってはいたけど、認めたくなかったんだ。 俺はあえぐように訊く。 「それじゃあ、きみは、何?」 「知りたい?」 珊瑚の瞳が見つめる。 俺はうなずいた。 「わかった。こっちに来て」 月さんは沖の方へ歩いていった。 俺は彼女の後を追って靴を脱ぎ、海に入る。 膝のあたりまで海に浸かったところで、月さんは手を差し出してきた。「取って」と、月さんの唇が動く。 俺は一瞬ためらってから、月さんの手を取る。 その瞬間、映像が、記憶が、どっと頭の中に流れ込んできた。 海に揺蕩う感覚。 五感でそれを感じる。月さんの、記憶を――。
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